第65話 残りの夏休み
合宿も無事に終わったということで、僕たちはそれぞれの夏を
それでも夏休みというものは皆平等にやってくるもの。だが、その休みを享受できる者と学校側が出す課題に追われる者が必ず分かれる。二択以外の選択肢をとる者もいるかもしれないが、この場合は考えないということで。
僕の場合は前者であった。
合宿前にあらかた課題を終わらせていたため、残りの課題と言えば五枚分の読書感想文くらいだった。ゆえに今は読書中。近くの図書館から借りてきた夏目漱石の『こころ』を読んでいるというわけだ。
普段本を読むことに慣れているせいか、こう近代小説でもわりと苦痛なく読めている。旧字体やら「ゐ」やら「ゑ」といった表記もあるが、読めないわけでもない。
先に用意していたコーヒーを一口すする。
ペットボトルで売っている市販の微糖ものだが、牛乳を少し手入れて混ぜるのが僕の好みだ。最初からコーヒー牛乳を飲めばいい、なんて思うかもしれないが、混ぜた方がなんとなく美味しく感じる。
休日の日に悠々自適に読書というものはなんだかんだいって、なかなか良いものだ。心身ともにリラックスできるというか、ゆとりを
「あーー、終わんないよぉ! 雄馬にぃも手伝ってよぉ」
ただいま僕の目の前で、一人の女の子が課題に苦戦している所をまざまざと見せつけられていた。
こうも叫ばれては本への集中を切らざるを得ない。
「帰ってきてから遊んでばかりだったのが悪いんじゃないか。普通にやれば終わる量のはずだよ」
「でもぉ……」
どういうわけか、自室で読書に勤しんでいたところに宿題を抱えた僕の従妹、
数分やっては飽き、不満げにやりだす。
合宿前に終わらせるように勧めたのだが、それでも僕の忠告を無視して勉強しなかったことの報いである。僕自身の課題もあるし、本来なら瑞葉自身のためにも手伝ったりはしないのだが……。
『なんでも言うことを聞く』という約束の元で、半ば強制的に手伝うはめになってしまった。まあこの約束は、いつか使えるかもしれないから覚えておくことにしよう。どうせ読書以外には暇だったしね。
なんて思いつつ、瑞葉の指示を受けた部分のワークの問題を解いていく。得意な数学ならできると言ってしまった手前、数枚の計算プリントと合わせてワークをまるまる渡された。
「あーもう! 全然わっかんないよぉ。圭ちゃんとの約束もあるのにぃ!」
悲鳴をあげながらも必死にページをめくっていく。どうやら
夏休みに遊ぶのは個人の自由だとは思うが、その分僕に宿題が回されるのではたまったもんじゃない。
そんなことを不満げに呟いてみると、瑞葉は必死に動かしていたシャーペンを止めた。あーあ、せっかく動かしていたのに止めてしまったか。余計なこと言わなけりゃよかった。
脱線しやすい瑞葉のことだから、再び勉強のスイッチが入るまでにどれだけ時間がかかることやら……。じっと何かを考えるように、シャーペンのノック部分を顎に当てながら僕をじっと見つめた。
そして唐突に話を振る。
「雄馬にぃは彼女さんと遊ばないの?」
「え?」
「ほら、合宿の時の」
「彼女いないけど……」
ふと脳裏に智恵の顔を思い浮かべる。いやいや、彼女じゃないし――と慌てて振り払った。
まだ高校一年生だぞ。そう出会いがあって、数か月で付き合えるものだろうか。みんなはやっぱり誰かと付き合ったりしているのか? やっぱり僕には恋愛はよくわからない。
『こころ』にしてもそうだ。恋愛は人間関係を複雑にさせるものだ。
はあ。今日は一日勉強して終わりそうだな……。
「絶対付き合ってると思うんだけどなぁ……」
ぼそりと瑞葉が独り言のようにつぶやく。その言葉ははっきり聞き取れたが、僕はそれに反応することはできなかった。
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