第二章
第34話 健全な夏の過ごし方
快晴の下でセミたちが力を得たように鳴き始める。全国的に気温は30度を越え、猛暑と呼ばれる日々が続いていた。
学校は既に夏休みへと移行したため、この一週間は学校へ行っていない。期末テストで赤点を取った生徒や希望する生徒には補講を行っているが、あいにく僕はそのどちらでもなかった。特に進んで勉強しようとも思わず、与えられた課題を毎日こなしていく。
全国どこの学校にでも夏休みの宿題というものが存在する。
うちの学校はそれほど多い部類ではなく、国語、数学、英語、社会、理科といった五教科のワークなるものに加え、原稿用紙五枚分に至る読書感想文を提出すればよいという簡単な宿題だけである。まあ一年生だからというのもあるだろうけど。
とはいえ、英単語や古文単語を暗記しておくのも大事な課題だ。ぼおっとしていてはあっという間に時間は過ぎていく。空いている時間はできるだけ勉強につぎ込むのも悪くない。
高校生にもなって読書感想文があるのは珍しいと思うが、ワーク類はわりとポピュラーだろう。そんなことを考えながら、簡単なものから終わらせていく。
僕にとって勉強というものはさほど苦痛ではない。どちらかというと、大変なのは……。
日々の暮らし、だ。
掃除、炊飯、洗濯。生きていくために必要なことをやらなくてはならないのだ。
「ねえ、雄馬にぃ。こっちの問題は~?」
声をかけられて、意識が机の上に広げられた教材へと戻る。
僕の目の前で勉強している少女はくくった濡羽色の髪の毛をいじりながら、その教材に書かれている問いをシャーペンで指さした。
この少女の名前は
「あー、因数分解ね。とりあえず展開してみれば? あとは公式を使えば……」
「お~なるほど。さすが雄馬にぃ」
「学校で習わなかったの?」
「習ってないと思う」
じゃあその机に広げられている教科書はなんなんだ。はっきり方程式がまとめられているページが開かれているじゃないか。
そんなことを言っても、瑞葉には効果がないことはわかっているので、文句は飲み込んだ。質問しても結局わからなかったのか、握られたシャーペンは動いていなかった。
「そういえば叔母さんは?」
「んー買い物?」
シャーペンの先を頬にあてながら、かわいく首をひねってこたえる。
叔母さんには何度も家のことをもらっているが、今は外出している。さっきまで誰かと電話していたと思っていたのだが……。
中学校の方も夏休みに入ったのか、叔母さんと一緒に瑞葉も来ているのだった。特に今日はすることがないので一緒に勉強でもしようかと言ったのだが、どうやらあまり進んでないらしい。
僕の両親がまだ生きていたころは、家族ぐるみの付き合いもよくあってか瑞葉と遊ぶこともあったのだが、家に来るということはあまりなかったように思う。
「ところで瑞葉は今年受験だよね? どこ受けるの?」
「んーと、雄馬にぃと同じ高校だよ?」
「へー、学力的に問題はないの?」
「頑張れば大丈夫って先生が言ってた」
それは本当に大丈夫なのだろうか……。
僕が話しかけたことによって、勉強へのやる気は完全に失われたのか、さっきのシャーペンはワークの上に投げられていた。
机に置いていた自分の携帯がブブっと震える。見ると誰かからのメッセージが届いたようだった。
「なんだ
件名に智恵は「探求部について」という簡潔な文章があった。
「む! 智恵って誰!? 彼女さん?」
僕の独り言に素早く反応した瑞葉が机の反対側から身を乗り出して聞いてくる。形態の中身を見られないようにしながら、僕は身を引いてその文面に目を通していく。
なになに~とのぞき込む瑞葉の表情は、まるでおもちゃを見つけた子犬のようだ。
それよりも僕の気を引いたのは智恵から届いたそのメッセージの内容だった。
「今度の週末に探求部での合宿を計画しています、って合宿!?」
思わず声に出して読んでしまう。
「えっ合宿!? あたしも行きたーい! ねえお願い、連れてってよ~」
瑞葉は目をキラキラと輝かせながら、僕の袖を何度も引っ張って懇願を繰り返す。
「いや遊びじゃなくて部活だから……」
「いいじゃん、あたしもちょうど部活休みだから! その、代わりみたいな?」
「なんの代わりだよ」
「じゃあたしが智恵さん? に直接お願いするよ! 電話貸して」
「いや、そう言われても……」
僕の言葉を聞くことなく、貸してと言うや否や瑞葉は開いていた教材を勢いよく閉じて、僕の携帯に手を伸ばした。
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