第82話 意外な告白
ドアノブを回し、
そんな自虐と共に電気をつけた。
「おお……」
照らされた部屋に立つ。
なんか想像していたより、彼女の部屋全体に柔らかい印象を受けたせいか、感嘆の声が漏れ出た。暖色系の色合いが強いのだろう。うまいこと表現が見つからないが、こうふわっとしているというかなんというか。
真面目な彼女のことだからきっちり整理整頓されていて、勉強机に参考書が並んでいる的なものを考えていた。だが実際はベッドの上には大小さまざまな動物のぬいぐるみが飾られ、机の棚の方には少女コミックやファッション雑誌が並んでいた。
いかにも女の子の部屋って感じだ。いや、別段詳しいわけでもないけど。
「さて、どうしよう」
智恵がいつ帰ってくるのかわからないまま、ここで待たされるというのも考え物だ。いやいや、僕が好き勝手に私物をいじるわけじゃないけど、他人の部屋に一人という状態が居心地悪いのだ。
さすがにベッドに腰掛けるわけにもいかないので、クリーム色のカーペットの上に座らせてもらうことに。ふわふわとした毛触りが心地よい。
部屋に掛けられた時計を眺める。シンプルな水色のそれは六時手前を示していた。カーテンは閉じられているせいで外の暗さははっきりとわからないが、おそらく日は落ちているだろう。
ぼおっと眺めていたところで、部屋の外からどたどたと慌てた足音が聞こえてきた。
勢いよく開かれた扉から見られた顔が登場する。
「はぁ、はぁ、……よ、ようこそ
「あ、……おじゃましてます」
互いに会釈。どうしてそんなに慌てているのか、そう聞こうと思ったが、どうにもそうはいかないようだった。
「どうして私の部屋にいるんです……」
「いや、あの
「もうっ、あの人ったら!」
「ごめん、勝手に入っちゃって……」
「べ、別にいいんですけど、私ものを漁ったりしてませんよね!?」
「し、してないよ!」
どうして僕をそんな不審者のような目で見るんだ。変な疑いをかけられるほど、怪しい動きをしてないぞ。たぶん。
やけに膨れた鞄を机の横に掛けながら、智恵はベッドの上に座った。膝と太ももをぺたりとシーツに器用に付ける。いわゆる女の子座りというやつだ。
座っている僕の視線からだとちょうどスカートの窪みが正面に来るので、正直目のやり場に困る。かといって部屋に視線を回すのも少し遠慮したい。
先の僕の返答に納得できないのか、口元をもごもごさせて智恵は少しばかり赤面する。何か触れてほしくないものでもあったのだろうか?
「それより僕が家にいること自体に驚かないんだね」
もっともなことを触れておく。部屋にいるよりそっちにびっくりすると思っていた。だが、智恵は目をぱちくりとさせて、
「それは、えっと……組員さんたちに聞いたから?」
「なぜに疑問形……」
「そ、それより! その私の家が……その」
話題を変えようとしたくせに、なぜか俯いて言葉尻を濁す。なんとなく言わんとしたことを理解した僕はあっさりその真意を継いだ。本人が隠したいなら別だが、こういうのは深く気にしてなさそうな雰囲気が大事だ。
「ああ、お家が極道だってこと?」
「……そうです。あまり知られたくなかったのですが、雄馬くんは驚かないんですね」
「まあ、ね……」
典次さんの口から初めて聞いた時はさすがに驚いたが、こうして家まで来て智恵のお父さんとも対面した今ではしっくりきてしまっている。逆にドッキリでした、とか言われてもすぐには理解できないくらいだ。
「智恵ってお嬢様だったんだね」
「言わないでくださいっ!」
何気ないやり取りのつもりが、思いのほか的を射抜いてしまったようで、強く言い返されてしまう。あまり家のことに触れてほしくないのならば、気を付けないとな。
「雄馬くんは、その……ひいてませんか?」
「別に気にしてないよ。どんな家柄だって本人の性格とは関係ないと思う。智恵は智恵でしょ? それとも家がコッチ系じゃなかったら今の智恵とは違うの?」
「そ、そうですか……」
思ったことを素直に言葉にする。それが彼女にとって満足するものだったのか、どこか嬉しそうに両手で口元を隠した。目元が笑っているので、きっと悪い気はしてないはずだ。
破顔一笑したところで、まだ聞き足りないことがあったのか一言詫びる。
「質問攻めで悪いんですけど、どうして雄馬くんは私の家に来たんですか?」
「来たというより連れてこられた、が正しいけどね」
「典次さんですか」
「まあね。で本題だけど、君の文化祭への参加権を得るためにお父さんを説得してほしいって言われてる」
ここまで来て変にごまかす必要はないだろう。逆に本人に話を通した方が説得しやすいまである。
と思ったのだが、予想以上に彼女は食いついてきた。
「雄馬くんがお父さんを説得してくれるんですか!?」
「そのつもりだけど……たぶん」
「本当ですか! 私はお父さんと話すのが少し苦手なので手伝ってくれると嬉しいです!」
「苦手って普段話したりしないの?」
「苦手というか怖いというか……。いつもお仕事でほとんど話したりしないんです」
「じゃあ、お母さんとは?」
お父さんが文化祭に反対しているなら、お母さんの方を味方に付ければまた話は変わってくるはずだ。
「お母さんは、すでに亡くなっているんです」
笑みの中にたっぷりと悲しみを押し込めたような表情だった。悲愴感、というのが正しいだろうか。あっさりとした告白に僕はあっけに取られて言葉が出なかった。
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