第81話 初めての来訪
ひのきのすべすべした廊下を歩く。ずいぶんと歩いた気もするが、まだ着かないのものなのか。こんなに長い廊下は学校以外でそう見ないぞ。
前を歩く
「そこは大広間や。飯んときに全員集まって使うねん」
「へえ、全員集まるって何人くらい住んでるんですか?」
「ざっと二十人やな」
「二十人も!?」
シェアハウスよりも多くないか。そんな大人数でよく生活が回るものだ。生活費とか馬鹿にならないぞ。
典次さんが歩きながらざっと説明をしてくれる。
「大広間の奥に親父の書斎があるから説得する場合は大広間を通って行けよ」
「それは、まああとで……」
「反対側にキッチン、トイレ、浴室が並んでるから、そこは使うときに見てくれや」
「やっぱり僕は本当に帰れないんですね……」
「当たり前や。説得するまで帰さへん」
「ていうか、荷物とか着替えとかなんにも持ってきてないんですよ? 明日だって学校があるのに……」
「なんや、学校行くつもりなんか?」
「え?」
想定外の質問に面食らい、間抜けな声が出た。帰って準備しないと学校に行けないということを伝えるつもりだったのに、まさか根底から疑問を持たれるとは。
「学校行く暇あんなら親父のことを説得するのが先やろが。一週間行かへんでも勉強なんざついていけるて」
「いやいや、一週間も留まるつもりありませんから!」
「でも親父もココに住めってゆーてたで? 婿入り断るんか」
「そんな残念そうな顔しないでください。反応に困ります」
「ガハハハ、子弟できると期待したんやがな!」
困り眉を一瞬でひっこめて高笑いで返してくる。本当に僕を弟にするつもりだったのか。って僕が智恵と結婚……した場合、典次さんはどういう立場なんだろうか。
そもそも典次さんってお付きの人なはずだし。ヤクザのしきたり的な感じで変わってくるのかも。
そんな雑談を交わしながら廊下の最果てまでたどり着く。左側の扉には何も書かれていない白いプレートが掛かっていた。典次さんに呼ばれて視線を右側を移す。
「ここは洋式なんですね」
「全部が全部和風なわけないやろ。お嬢の部屋が畳て、さすがにな」
「まあ、確かに」
仮にも乙女の部屋が完全な和風というのも考え物だ。瑞葉の部屋にも一度訪れたことがあるが、全体的にピンク色のいかにも女子って感じの部屋だったことを思い出した。
典次さんが扉を開けて横手の電気をつける。明るく照らされた応接室の横を通り抜け、智恵の部屋にたどり着いた。可愛く装飾されたネームプレート。アルファベットでTOMOEか。
「まだ帰ってきてへんやろうけど先に入って待っててやれ」
「え、僕一人でですか?」
「俺が入るわけにはいかんやろ。通報されたらどうすんねん」
「同じ家に住んでるのに、そんなことないですって」
真顔で返答する典次さんにさすがに苦笑する。智恵の部屋がこの屋敷全体で見ても割と奥の方にあるのも、誰かが勝手に入らないようにと配慮されているのかもしれない。
確かに智恵の他にはほとんど男だし、一人だけ女の子っていうのも……いや、お母さんがいるか。あれ、智恵のお母さんはどうしてるんだろう。
湧いた疑問をすぐに典次さんに聞こうとしたのだが、
「そういえば、智恵のお母さんって――」
「おお、せや。やることがあってんた。じゃあ俺はもう行くわ。あとは二人で仲良くしいや。夕食の時間はお嬢と一緒にな」
「え、あ、ちょっ!」
僕が言いかけている途中で典次さんはいきなり大声を出してその場から去っていこうとする。制止の声もむなしく、典次さんはひらひらと手を振るだけで、微塵も振り返る気配はなかった。いきなりどうしたっていうんだ。
そのまま僕に声をかけてくる。
「お嬢のことよろしく頼むでー」
「あ、はい!」
「誰も近づかんけど、エロいことは日が沈んでからなー」
「し、しませんよっ!」
「ガッハッハッハ!」
ぶっちゃけたセリフに思わず噛みついてしまった。なんてことを言うんだあの人は、まったく。智恵の部屋に来て、そういうことは……。
まあ、考えてない……っていうのも否定はしないけどさ。
一人僕は深呼吸をしてから部屋の中へと入った。
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