知恵と義眼と好奇心

吉城カイト

第一章

第1話 プロローグ

 僕が最後に見たのは、トラックの運転手の顔だった。

 受け止められない現実に焦るような、顔を歪めて苦悶の表情を浮かべていた。 

 否、僕の右目が本当の最後に見たのは、両親の顔だったかもしれない。

 遠のく記憶を手繰り寄せながら、必死で母の手を握った気がする。必死に抱き寄せてくれて、その温みを全身で感じながら、それでも恐怖に震える体ははっきりとわかった。

 ただただ聞こえてくるのは、トラックの甲高いクラクションのみ。

 その瞬間。

 僕は―――――櫟井雄馬いちいゆうまは命を落とした。




 ――――――――かと思われた。

 その激しい音を聞きつけて、様子を見に来た誰かがすぐに救急車を呼んでくれたらしい。名前も知らないどこかの優しい誰かだ。本当に感謝してもしたりないだろう。本来ならば。

 残念ながら、病院に運ばれた両親は既に亡くなっていた。程なくして、意識は無かったものの手術を受けた僕だけが生き長らえてしまったというわけだ。

 朦朧とする意識のまま、無機質な天井を眺めているところに医者がやってきて、両親は即死した事実を聞かされた気がする。

 最初は信じられなかった。信じられるわけがなかった。いや、信じたくなかったんだ。まだ夢を見ていて、家に帰ればいつものように父さんと母さんが待っているんじゃないかって。見舞いに来た親戚までもが僕に嘘をついた。

 結局、両親の葬儀には出られなかった。

 怪我が治るまでは安静にしていなくてはならない。医者が外出許可を出すわけがなかった。僕の知らないところで、両親はこの世を去ったのだった。

 そうして、出血や打撲、折れた骨が治りかけたころ、医者がこんな事を言ってきた。


「君の目を治したいんだ」


事故によって、僕は右目を完全に失っていたのだが、それに義眼を補装する方がいいと史談してきたのだ。


 当時まだ中学二年生で、五体満足に暮らしていた僕に、精神が不安定な僕に正常な判断ができたかと聞かれると難しいだろう。

 ただ説明の意味もわからないまま、宜しくお願いしますと頷く事しかできなかった。

 義眼の作製は残念ながらうまく行かなかった。顔の目の部分には事故による大きな傷が出来ていて、それを考慮した上での義眼はなかなか型が合わず、時間がかかったのだ。

 しかし、ある時病室にやってきた見たこともない白衣の男に相談された。


「義眼を必要としているそうだね、よかったら貰ってくれないか?」


 僕は頷いた。深く考えずに、ただ黙って。その義眼は僕の目にピッタリハマった。まるでそこに元々あったかのように、きちんと収まった。痛みもまるでなかった。

 ただ問題だったのは、それが真っ赤な義眼だったということだ。

 医者や看護師たちはなんだか不思議そうにヒソヒソと話をしていたが、適当な義眼があるのならばとそれ以上追及はしなかった。

 そして、のちに僕は恐ろしい真実を知ることになる。

 この世のどこかに存在する赤い義眼。『赤の世界樹』。

 それはあらゆるものの過去、現在、未来を断片的に見通せる恐るべき力を持つものだったということを。




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