第35話 嘘つきサプライズ

 あれから瑞葉みずはは自分で智恵ともえに電話をして交渉していた。僕の携帯だというのに、なぜか僕から離れた場所で電話をかける。内容を聞かれたくない、ということなんだろうか。

 遠くで会話しているのがわかるが、その内容までは聞き取れなかった。

 智恵にしてみれば僕の電話番号からいきなり知らない女の子の声がするのだからびっくりするだろうか。まあ、そこまで心配しているわけではないけど。

 互いに見えないというのに、瑞葉は頭を下げてお礼を言っていた。向こうも同じことをしていたら、と想像すると少し笑ってしまった。

 そして最後にいくらか話し終えると、電話を切って僕にピースサインを見せてくる。どうやら大丈夫だったらしい。


「合宿は八月の四日からだって。朝の六時に駅前の金時計台に集合ですって言ってた」

「ふうん、一泊二日か」


 宿泊する先の予約はしているんだろうか。というか、


「え、どこ行くの?」

「内緒♡」

「え?」

「だから、当日のお楽しみだって」


 一部員のはずなのに、行き先を知らないってどうなんだよ。普通立場が逆じゃないか? 部外者に秘密にするのならわかるけど。


「じゃあさっそく準備しないとね。お母さんに電話してくる~」

「あ、ちょっと!」


 立ち上がってリビングから出ていこうとする瑞葉を呼び止めた。別に合宿に参加することに反対するつもりはない。ただこの現状を見ると、どうしても言いたいことがあった。


「何か忘れてるよね」


 さりげなく視線で示してみる。


「へ?」

「電話する前に、僕たちは何をしてたんだっけ?」


 僕の視線に気づいたのか、すうーと瑞葉の視線が机の上に置かれているものに移っていく。かと思いきやバッと明後日の方向を向いて唇を尖らせた。


「んー? え? な、何だったかなあ? 覚えてないや」

「ごまかしてもだめだからね。それに口笛吹けてないから」


 とぼける作戦が失敗したと理解したのか、舌打ちをした。


「まだ合宿まで一週間もあるんだし、ちゃんと宿題を終わらせてから……」


 すると今度は僕がまだ言い終わらないうちに反論してきた。


「もう! それは今関係ないじゃん! 雄馬にぃも準備しないといけないんだからね」

「いや、一番関係あるよ」

「細かいこと気にしないの!」


 僕の方が間違っているといわんばかりに指を突き立てて諭してくる。こうなれば僕も理論的に反論してみるか。


「智恵は課題を終わらすように、とか言ってなかったの?」


 あの真面目な彼女なら既に課題が終わっていそうなものだが。半分くらいしていかないと、合宿の気分が抜けず、帰ってから勉強をする気にはならないだろう。とすれば先に終わらすように言っていそうなものだが………。


「え~あ~、言っていたようないなかったような……。でも帰ってからすれば………」


 途端に目を泳がせて、再び吹けていない口笛を吹こうとしてごまかす瑞葉。これはクロだな。

 確信した僕はここで一気に詰めた。


「絶対に言われたでしょ! 勉強やらないのなら僕の方から断っておくから……」

「あ~あ~ダメダメってば! わかったよちゃんとやるもん!!」


 僕が携帯に手を伸ばしたのを見て、脅しじゃないと判断したのか、慌てて扉の方から駆け寄ってきて僕の右腕を握りしめる。どうせ握りしめるのならその机から落ちているシャーペンを握ってほしい。

 瑞葉が勉強モードに入ったのを確認してから智恵に従妹と共に参加する旨のメッセージを打っていると、同時に慧悟けいごからもメッセージが飛んできた。


──部長からのメッセ見たか? 雄馬ゆうまも当然行くよな?


──僕も行くつもりなんだけど、なんか従妹いとこも行きたいって言ってて……。大丈夫なのかな?


──あ、俺んところも妹が行きたいって言ってるw たぶん大丈夫だろ、部長はそういうの気にしない方だから


──ところで合宿って何をするのさ


──サプライズと言われてるが、まあ大方ただの旅行だと思うぜ。部活は関係ないかもな


「ただの旅行か」


 これは一種の友達と遊びに行くってやつなんだろうか。

 部活なら行かなければと考えていたが、遊びに行くとなれば話は別だ。僕なんかが行ってよいのだろうか。そう考えてしまう。

 まあ、とりあえずは。

 僕も残っている課題を少しでも終わらせてから、考えることにしよう。

 ピンポーンというインターフォン音が鳴り、叔母さんが帰ってきたのがわかる。その音に反応した瑞葉が、「ねぇー!」と大きな声を出しながら机から離れていった。

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