第51話 示唆と視線と二人の距離
二人きりの形を作ってくれるのは嬉しいんだが、ニコニコと笑っている様子を見るとどうも裏がありそうで心から信用できない。
というか、そもそもどうして僕はデートをしようと思ったんだ?
手段にこだわりすぎて、本来の目的が分からなくなっていた。
彼女たちが別れる前に
怪しい、絶対に何か隠している。
「――のタイミングでするといいですよ」
「絶対――の方がよくない!?」
「そ、そんなことを! 中学生はす、進んでますね……」
僕の方をちらちらと見ながらこそこそと話すので、すごく居心地が悪かった。なんか陰口を言われている感覚に近い。実際、見ているから陰口でも何でもないけど。
瑞葉が耳打ちした後で、智恵がすごく顔を真っ赤にしていたのだが、それと何か関係があるのだろうか?
「いやいや、でも……雄馬くんは――かもしれないし、あんなこと……」
しかもさっきからなにかぶつぶつと独り言をつぶやいているし……。こんな智恵は初めて見たな。
「どうしました? 大丈夫ですか?」
「……す、……え? あ、大丈夫です! 問題ないですっ!」
「そ、そう……」
声をかけてもこんな調子だ。というか僕が近づけば近づくほど、二人の距離が開いていくのは気のせいだろうか。智恵が僕から離れて行っているのは気のせいなんだろうか?
なんなら普段敬語を嫌っているくらいなのに、僕が敢えて敬語で声をかけても反応がなかったくらいだ。
「あの……やっぱり二人は嫌だった?」
「そ、そんなことないですよ!? 楽しみです!」
そうは言いながらも僕と絶対に目を合わせてくれない智恵。じっと顔を覗き込んでも
「だって、僕のこと避けてる……?」
「さ、避けてはいませんよ?」
「じゃあなんで顔を逸らすのさ」
質問しながら普段なら絶対にこんなことしないな、なんて考えていると、思ってもみない反応が返ってきた。
「それは……恥ずかしくて見れないからですよぉ……」
ようやく僕と顔があったかと思うと、その目には涙がうっすらとにじんでいた。
一瞬合わせたかと思うと、すぐにまた逸らされてしまった。
消え入りそうな声音。本当に恥ずかしいのだろう。
普段とは正反対だ。
「……いや、その、ごめん」
何が悪いのかもわからず、ただ僕の口から出たのは謝罪だった。問い詰めたことに対して罪悪感があったのかもしれない。
不覚にもかわいいなんてことを感じてしまった。
あくまでも先輩に対して抱く感想ではないけれど、なぜか彼女の魅力に惹かれた。
泣いている相手をかわいいなんて僕はどうしてしまったのだろうか。こんなことを感じたのは初めてだった。
「えっと……」
あてもなく歩き続けながら、横にいる彼女のことを考える。
こういう時は何か気の利いた言葉をかけるべきだろうとは思うが、それにふさわしい文句は浮かんでこなかった。こういう状況に馴れなさ過ぎて、考え込むと余計に頭が真っ白になりそうだ。
智恵の方は、もしかしてさっきの瑞葉たちにデートだと言われたことを結構意識してくれているのだろうか。そうだとしたらなんか、少しうれしい気がする。僕だけが意識しているのだと思っていたが、そう考えると少しだけ気が楽になった気がした。
それにしてもうまく会話が続かないせいで、気まずいというかなんというか……。
さっきから出てくるのは、「あ」とか「えっと」みたいな言葉じゃない声だ。
肝心の智恵の方は、来た時のテンションはどこかへ吹き飛んだのか、借りてきた猫のようにじっと風景を眺めているだけだった。
なにか話のネタになるものはないかと辺りを見回してみる。すると、少し進んだ道の角に甘味処と書かれた小さな緑色の旗が掲げてあるのが目に入った。
いきなり休憩するのはどうかと思ったが、この気まずさを払拭するためにも一旦飲み物でも飲んで落ち着いた方がいいのかもしれない。それにおいしい食べ物があれば智恵も喜んでくれるはず……。
「ねえ、あそこの……」
「甘味処じゃないですかっ!!」
顔を逸らしていた智恵が僕が指さした方を見て声を上げる。うわぁと子供のようにまっすぐな笑顔を浮かべた。早く行きたいとばかりに握りしめた両手を胸の前で小さく振っている。
いや、反応が早すぎてびっくりしたんだけど。
「じゃあ。……あそこに行く?」
「すぐに行きましょう!」
二つ返事で僕の誘いを引き受ける。
そんな何気ない、いつもの智恵を見て自然と笑みがこぼれてしまった。胸が温かくなるのを感じる。先刻まで嫌な未来を見ていたということを忘れてしまいそうになる。
『
慧悟はそう言っていた。
僕がいるせいで彼女に不幸な未来が訪れるのだとしたら、それを遠ざけるのも僕の義務だ。
だからこそ、彼女の笑顔がその証拠なんだ。
僕が無意識に背負っていた心の負担が軽くなっていくのを感じた。
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