第43話 恋と館と幽霊少女Ⅱ

 食事を終えた僕らは部屋へ戻るとすぐに大浴場へと向かった。

 部屋にあるユニットバスで済ませることも考えたのだが、せっかく温泉に来たのだからゆっくりできる方を選んだのだ。

 わかりやすく男と女と書かれたのれんをくぐると、少し開けた脱衣所があった。いや、普通はあるんだけどね。なんというか思ったより広いというか。

 他にも宿泊している客がいるらしく、先客の着替えが入ったかごをさけて離れた位置に自分の荷物を入れる。さっと服を脱ぐと、部屋にあった真っ白なハンドタオルを下腹部に当てて風呂場への扉を開いた。


「おおー」


 かなり広い温泉だ。湯気でいい感じに出ていたそれっぽい雰囲気を如実に感じられる。シャワーも数える限り、三十くらいはありそうだ。奥の方には露天風呂の方につながる通路があった。


「おい、雄馬ゆうま。こっちだこっち」


 声のした方に振り向くと、すでにシャワーの方で頭を洗っている慧悟けいごがいた。桶に座り、頭に泡を大量に乗せている。


「これ、めっちゃ泡立つんだぜ! すごくねぇか⁉」

「無駄使い……してないよね?」

「してねえって! 逆に少量だからこそ驚いたんだよ」


 興奮しているのか、とても楽しそうにその泡をいじっている。なんだかその仕草が妙に子供っぽくて笑ってしまった。隣に座った僕は、蛇口をひねってひとまずお湯を出した。

 少しの沈黙があって、先ほどよりトーンが下がった落ち着いた声がした。


「右眼のやつは、洗浄とかいいのか?」

「……。うん、寝る前に外して、その間に液体に浸してる」

「そうか」


 頭の泡を流しているせいで、彼が今どんな状態で、どんな顔で話しているのかわからなかった。

 体を先に洗い終えた慧悟は温泉に入っていった。

 流し終えた僕は鏡を見る。曇っていたが、はっきりと自分の右眼が真っ赤に染まっているのが分かった。


                  **


「ああーもう動けねぇ」

「確かにどっと疲れが……」

「なぁ」

「なに?」


 温泉で疲れを落としてきた僕たちは、部屋に着くなりばったりと倒れこんでしまった。本当に疲れが取れたのか、はたまた取れてこの疲労状態なのか。

 だるさは言葉にも影響するようで、無駄に間延びした会話が続く。


「明日の予定はー?」

「さあ……僕には知らされてないけど」

「んだよ、お前もか。情報伝達どうなってんだ」

「お前も、って慧悟も聞いてないのか」

「いや、教えてくれなかった」


 また秘密、なのだろうか。別に教えてくれてもいいのに。何も知らないと準備とかもできない気がする。


「まぁ何かしらの連絡は来ると思うんだがな」

「それを待てってことか」

「たぶんな」


 よっこらせ、と横になっていた慧悟は体の向きを変えた。そのまま自分の鞄へと手を伸ばして、中からスマホを取り出す。何かを触っていると思ったら、誰かから電話がかかってきたらしく「もしもし」と応答しながら立ち上がって僕から離れていった。

 僕も別に盗み聞きするつもりもないので、できる限り話を耳に入れないように意識した。横になったまま天井を見つめた。ぼおっと、ただ何も考えずに眺めた。そのうちまぶたが重くなってきて、このまま目を閉じてしまおうかと思ってしまった。

 閉じたり開いたりを繰り返しているうちに、それが頭の中でわからなくなって結局眠さが消えてしまった。


「わり、電話してた。……雄馬?」

「んぁ、うん」


 話しかけられたが、寝ぼけたような声しか出なかった。


「もう寝るか」

「うん」


 短い一言を交わし、重い体に鞭を打って最後の一仕事をする。押入れを開けて二人分の布団を敷いた。適当にシーツをかけて、枕を置いた。

 そこに体を投げる。眠くはないのに疲れから睡眠を欲している。矛盾しているように思えたが、それを深く考えるだけの余裕はなかった。


「そーいや、この旅館にっていう噂があってだな……」

「あーそー」

「そーって淡白な奴だなぁ。もう少し興味を持てよ。そんで幽霊少女がな?」

「うん……」


 ダメだ。慧悟の言葉ももう、頭に入ってこない――。

 今日は、疲れた――。




 眠りについてどれくらい時間が過ぎただろうか。

 こんこんと控えめに扉がノックされる音で目が覚めてしまった。枕元のスマホで時間を確認すると、十一時を回ったところだった。こんな夜中に誰か来客が来たのか?

 寝落ちする寸前で聞こえてきた言葉を思い出す。ま、まさか慧悟が言っていた幽霊少女じゃないだろうな。いやさすがにないか。

 ホラー話を披露した肝心の本人は夢の世界へと旅立ってしまい、少し揺すったところで一向に戻ってくる様子がない。

 はぁ、仕方ない。

 僕が一人で対処するか。

 義眼をつけたまま寝たせいか、少しずれてるような変な感覚がした。まだぼやっとする視界の中で布団から起き上がってゆっくりと錠を外し扉を慎重に開けていくと、そこにいたのは浴衣を着た四人の少女たちだった。

 嘘だろ……!? 慧悟の言った通り本当に幽霊が!?

 なにか対抗できるものを探したが、周囲には悪霊を退散できるのに使える武器など置いてあるはずもなく、俯いたままの相手からぼそぼそと何か言われた。

 これは呪い殺されるのか!?


「……雄馬くん。浴場までついてきてくれませんか?」

「……へ?」


 よく見るとそれは智恵たち女子組だった。

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