第38話 海と火照りと海水浴

 目が覚めた時にはすでに目的地についていた。慧悟けいごに肩をゆすられて目を開けた。駐車場に多くの車が停まっているのが見える。この時期になるとやはり家族連れで海水浴に行く人は多いのか、騒がしい子どもたちの声があちこちに響いていた。

 いつのまにか寝ていたおかげで酔いは完全に収まっていたが、首筋だけが非常に痛かった。もしかして寝違えたのだろうか。そんなことを慧悟に伝えると、


「ハハ……。奇遇だな、俺もだよ」


 と苦笑いを浮かべながら言われた。慧悟もあの後寝てしまったのか。とりあえず車を降りて、必要な分の荷物を担ぐ。


「遅いですよ二人とも。早く行きましょう!」


 僕と慧悟が二人並んで首をさすっていると、既に車を降りた智恵ともえの呼ぶ声が聞こえてくる。慌てて僕らも追いかけていく。

 表示案内を見ていた智恵や初瀬川はつせがわさんが指さして話し合っている。


「あっつー」

「ちゃんと水分取ってますか?」

「さっきどこかに自販機あったじゃん」

「どっかってどこだよ……」 


 既に自分の持っている飲み物がなくなったのか、バテていそうな慧悟に智恵と初瀬川さんが声をかける。


「なあ、恵佳けいかの一口くれ」

「あ、あ、アタシの!? いや、それは、ちょっと……」

「なんだよ?」

「え、いや! べ、べべ別に嫌だとかじゃなくて……」

「全部飲むわけじゃないから安心しろって」

「……っ! ちょ、ちょっとだけだからね!」


 なぜか赤面している初瀬川さんは、少し怒ったような口調で慧悟にお茶を渡した。それを慧悟はさっと受け取ると、一気に喉に流し込んだかとぷはぁという声と共にその口を閉じた。

 口元をぬぐうと、ペットボトルを初瀬川さんへ返す。

 まあ、これって間接キスだよね……? 初瀬川さんの方は気にしているらしく、受け取ったペットボトルに視線がくぎ付けなのに対し、当の本人はそうでもないのか、気楽に鼻歌を歌っていた。


「ほな、お嬢。自分は先にホテルに行って荷物下ろしてきますわ」

「ありがとうございます、典次てんじさん。ここまでお疲れ様でした」

「自分、帰りますけど、気ぃ付けてくださいや」

「はい!」


 智恵に習って、僕らも全員でお礼を述べた。それに手を挙げて応えた典次さんは、そのまま車を走らせて行った。


「ねえ、ホテルって?」


 初瀬川さんが不思議そうな表情で問いかける。


「私のお爺様がこの近くに旅館を経営しているそうで、その部屋を特別に抑えてくれたんです。なのでお金のことは心配しなくて大丈夫ですよ」

「ああ、なるほど」

「さすが、部長」


 それで先に僕らの荷物を持っていく、と言っていたのか。


「じゃあ、海に行きましょう!!」


 智恵の声に全員が頷いて同意する。照りつける太陽がじりじりと僕らを焼き付けていた。僕らは更衣室へと向かったのだった。


               **


 砂浜には船型の大きな監視所がされており、それを囲むようにして大量のパラソルやテントが建てられていた。カップルや家族連れが多く、たくさんの人が楽しんでいるのがわかる。

 典次さんが持ってきてくれたという小型のパラソルを砂浜にさして、下にビニールシートを引いた。日陰ができているスペースに入ると、とても心地が良かった。

 とりあえず全員の荷物をそこに置く。


「それにしてもすげー混んでるな」


 慧悟がそんなことを呟く。


「ここの海水浴場、結構人気ですからね。日本の渚百選にも選ばれているそうです」

「へーよく知ってるね」


 智恵の解説に軽く納得した僕は、思わず声に出していた。


「そうなんです! 何といっても二キロ以上あるこの砂浜が弓状に広がっていて、この地区でも最大だと言われているそうですよ」

「そ、そうなん――」

「シャワーや海の家もたくさんあるので楽しめますね!」


 僕の返事を待たずに、食い気味で智恵が説明してくれる。


「はいはーい、部長ストップ。楽しいのはわかるが、落ち着いてくれ」

「はっ」


 僕が少し身を引いたのがわかったのか、慧悟が止めに入ってくれる。


「し、失礼しました雄馬くん……」

「いや、大丈夫」


少し照れたように智恵ははにかんだ。

 

「じゃ泳ぎに行くか」

「あ、アタシも!」


 荷物を置くなり軽く体操をしていた慧悟は我先にと走って海の方へ駆け出していき、それを初瀬川さんが追いかけていった。

 一方の中学生組は財布を取り出していたところを見ると、屋台にでも行ったのだろうか。

 そして、あっという間に僕と智恵だけが取り残されてしまう。互いに顔を見合わせて、困ったような表情を見せあった。


「智恵も遊びに行ってきなよ。僕が荷物見てるからさ」


 二人だけという空気に耐えられず早く一人になりたくて、ついそんなことを言ってしまう。すると智恵は頬を膨らませて怒ったような表情になった。

 あれ? 今怒られるようなこと言ったっけ?

 数秒の間僕をじっと睨んだかと思うと、こほんと咳払いをしてきっぱりと思いを告げてきた。


「この旅行の目的は元々、私が雄馬くんと遊びたくて計画したんですよ? 一緒じゃなきゃ、私が面白くありません」


 少し恥ずかしさもあったのか、言い終えるとプイと顔をそむけてしまった。そのすねた横顔が可愛くて、直視できなかった。

 というかこの旅行ってそういう目的だったのか。てっきり部員同士の親睦を深めるとかそんな感じだと思っていた。いや部員以外もいるわけだし、おかしいと思ったんだよな。

 智恵からの素直というか直球の誘いを脳が認識したとたん、その意味に気づいて僕も照れてしまう。

 女の子に一緒に遊びたいと言われたのは初めてである上に、場所が海とくればどこか躊躇してしまう自分がいた。別にやましいことを考えているわけではないが、異性と海に行くって、今思えば僕にはありえないことなのだ。

 けれどここまで来てしまって断るのもなんだか悪い気もする。


「荷物のことは警備員さんが巡回しているので大丈夫ですよ」


 智恵はちゃんと僕の逃げ道を塞いできた。……しかたないかなぁ。

 そんなふうに自分に言い聞かせる。


「じゃあ、行くよ」


 僕は立ち上がってパラソルから出る。

 やけに太陽が熱く感じられた。

 だからこの顔のほてりもきっと太陽のせいなんだ。


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