第39話 ささやかな祈りを込めて
辺りは忙しなく走り回る子供、それを見て嬉しそうな夫婦の声やバレーボールをしながら大声で笑いあっている大学生、いろんな人たちで賑わっていた。
そのなかでも波が押し寄せてくるザザーンといった独特の音が耳に届く。
「そろそろおなかがすきましたね」
「だね」
僕と
目の前には立った状態で腰まであろうかというほど、大きな砂の城。
智恵はお腹に手を当てながらぺたりと、砂の城の一番上にピンクと白の入り混じった貝殻をのせた。あれからどれくらい時間がたったのだろうか。
海岸近くに協力して作った砂の城は凝りに凝ったものとなっていた。城の外観は目をむくほどで、窓の形や装飾、屋根の斜面などとディティールにこだわったものとなった。土台は手伝ったのだが、細かなところはほとんど彼女がやってしまった。
どうやら智恵には美術の才能もあるらしい。
僕は作業を放棄して思わず、感心している間にどんどん完成へと近づいていた。
時折通り過ぎる人の「ほぉー」とか「へー」とかいった感嘆の声が聞こえてくるのはまだいい方で、写真をパシャパシャ撮っていく人すらいた。智恵が写っていないといいのだけど……。
それにしてもまさか高校生になって、こうして砂場で遊ぶ日が来るとは思わなかった。砂だらけになった手を打ち払い、僕は立ち上がって腰を伸ばした。
背を反らしたりひねってみると、軽くポキポキと小気味良い音がした。ずっと同じ姿勢でいたせいだろう。思わずうぅんと唸ってしまう。智恵のほうもぐっと両手を上に突き出して伸びをしていた。
こうして二人で休憩している所に、ちょうど泳ぎ組と屋台組が戻ってくる。
「お前らずっと食ってんだろ。少しは泳いだらどうだ? 太るぞ」
「うっさいバカ! おにぃには関係ないでしょ」
「へいへい」
海でひと泳ぎしてきたのか、
「うわっ、すっご! これふたりで作ったの? え、やば!」
「ええ、この辺りとか工夫したんです! ちょっと自信作です」
初瀬川さんのべた褒めに対して、智恵はどこか誇らしそうな表情でふふんと鼻を鳴らした。
その横で未だ喧嘩している天馬兄妹を眺めていると、僕の後ろから誰かがのしかかってくる。すぐ振り返ってみると可愛らしい顔が僕の肩に乗っていた。
「ねぇー私の水着どう? 新しく買ったんだよ?」
「どう、って……見えないけど」
「もう! そうじゃなくて、ちゃんと見てよ」
見てほしいなら離れてほしい、と思ってそう言ったのだが、なぜか瑞葉は口をとがらせて不満そうな顔をした。肩に掛けられた手をはがし、瑞葉を正面に見据える。水色を基調としたスカートタイプと肩の部分が開いているボーダーのTシャツを身に着けていた。肩から水着のひもが見えている。
中学生が着るような一般的なもの……なんじゃないだろうか。特別詳しいわけでもないので、僕の感想としては普通としか言えない。
「いいと思うよ」
「そう? どんな感じにいい?」
「え、えっと……似合ってる、かな」
「ふんふん、えへへ……」
わざと曖昧な答えを用意したのに追及されたことで戸惑い、無駄に溜めた言い方になってしまった。だが正解だったのか、瑞葉は気分よく照れた笑いを見せた。
そして一言。
「智恵さんのもほめてあげてね」
どきりと心臓が鳴った感覚がした。
耳にその音が残る。反響して僕の脳内にぐるぐると回っていく。僕はまだ意識して見ていなかった彼女の水着へと目を向けた。
だがそれは――。
智恵が突然僕の手をつかんで引っ張る。
「ではすべての食べ物を見て回りましょう! 雄馬くんも行きますよ」
いきなりなんの話かと思ったが、智恵の向いていた方向からすると、初瀬川さんや天馬兄妹と話していたのだろう。屋台の話題だったか。
それにしても、彼女はさっきなんて言った? すべての食べ物、だって……?
そんなに食べきれるわけがないし、そもそもそんなにお金を持ってきてないのに。どうしたらいいんだ……。今の空腹状態の智恵なら躊躇せずに片っ端から制覇してしまう!
何か、彼女を止める方法はないのか。
策を考えようにも僕自身も空腹でうまく頭が回らない。数十秒間隔で訪れるお腹の虫の音がいい感じに僕の思考を邪魔をしてきた。
いったいどうしたらいいのかと考えあぐねていると、
「あ、雄馬にぃ」
瑞葉が僕を呼び止める。ちょうどいいタイミングだった。引っ張られる右腕に逆らって、僕はその場に立ち止まろうとする。
これを利用するほかあるまい。
「な、なにかな瑞葉!?」
僕は首を精一杯瑞葉の方へ向けて問いただした。
「なんでそんなに嬉しそうな顔してるの? 別にいいんだけど」
いけない。思わず引き留められたことに笑みがこぼれていたようだ。あくまで平常心、平常心――――。
「ついでにかき氷買ってきて」
「………え?」
一瞬意味が分からなくて、にっこり笑っている瑞葉に聞き返す。僕を呼び止める用事について、なんて言ったんだ?
「だから、かき氷買ってきて。瑞葉のおねがぁい」
語尾にハートマークを付けるくらい、今度はわかりやすい猫なで声でウインクしてくる瑞葉。
「え、いや、だって」
「さ、お使いも兼ねて行きましょう!」
僕らのやり取りが耳に入っていたのか、智恵はさらに力を込めて僕を引っ張っていく。すさまじい力だ。とても女の子の力とは思えない。
食べ物が絡むとこんなに怪力になるのかッ!? なんて智恵にはとても言えないけど。
ずるずると連れていかれる途中、この一連の光景を眺めていた慧悟がそばに寄ってくると、若干ひきつった顔で言ってくる。
「こうなった部長は止まらないからな。覚悟しておけよ……」
「あ、ちょ」
グッとサムズアップして、白い歯をのぞかせた。その仕草で僕は何となく悟ってしまった。
そうか、あいつも経験者なのか……。
僕はこれから多大な損害を受けるであろう自分の胃と財布に祈りを込めた。
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