第40話 終わらない夏の日

「デザートは何にします? かき氷かたい焼きか……」

「いや、もういいです……」


 再度問われる質問に、僕は机に突っ伏した。

 いわゆる海の家という場所で、僕らは昼食を済ませていた。空になったタッパやら紙コップやらが、机の上に積み重ねられている。その中で僕が食べたのは、焼きそば一つだけなんだけど……。

 一緒に全部食べましょうとかいう智恵ともえをなんとかなだめて、僕の財布を死守することに成功したのだった。

 ちなみに智恵は宣言通り全品全種類を平らげるという暴食ぶりを発揮した。まったく彼女のどこに吸収されているのか不思議でならない。女性に容姿や体重をとやかく言うつもりはないけれど、智恵はすらりとした体系だし、食欲旺盛であっても品が感じられる食べ方だった。

 食事のマナーがしっかりしているというか、変に礼儀正しいのだ。食べる前と後で「いただきます」「ごちそうさま」を言うのは当たり前として、購入してきたもの全てに一礼する。食べ物が好きな彼女なりの決まりなのかもしれない。

 今しがたデザートを食べると言っていたのに、なぜまたたこ焼きを買っているのかは全くもって理解不能なんだけど。

 彼女の感覚ではたこ焼きはデザートに含まれるんだろうか。まぁ僕が異を唱えたところで、彼女が食べるのをやめるわけじゃないだろうけど。


「あ、そういえば。慧悟けいごくんがデザートにスイカがあるって言っていました」

「いつのまに準備を……」

「それにしても楽しみですね! みんなでスイカ割りをしてみたいと思っていたんです!」

「いや、スイカ割り自体はいいんだけど……」

「?」


 この満腹の状態でさらにスイカを食べろと言うのか? どう考えても無理だろ。彼女の購入した食べ物を少しずつ、「雄馬ゆうまくんも食べてみてください!」に合わせて食べていた僕も悪いけど。


「それじゃあ、最後にかき氷を食べて戻りましょうか」

「はい?」


 瑞葉みずはに頼まれたお使いの分ではなく、今食べると言ったのか? いや、流石にそれは……。

 たこ焼きを食べ終えた智恵は合掌を済ませてから立ち上がる。そこでようやく僕は彼女の服装に目が留まった。無意識のうちに見ないようにしていたのかもしれない。その分、この瞬間だけはじっと見つめてしまった。

 水色のタンクトップに白色の透明なワンピース姿。その出で立ちはどこかのお嬢様だと言われても違和感ないほどだった。可愛い、というよりきれい。率直にそう思った。

 海風に髪が当たるのを嫌ってか、普段ストレートの髪形も今はくくられている。 確かポニーテールという名称だったはず。日焼け跡のないきれいなうなじがちらりと見え、どきりとする。髪がかけられている耳には黒色のピアスが着いていた。


「あ、ピアス……」


 思わず声に出していた。

 うちの学校はそこまで校則に厳しいわけではないが、さすがにピアスや髪を染めるといった行為は注意されるはず。ましてピアスなんてつけていなくても穴が開いているのがバレたら――。

 そんな僕の心配を察してか、智恵は目をぱちくりと瞬きさせて、耳元へ手をやった。何事かと考えたのも一瞬で、差し出された小さな手のひらにはそのピアスが乗っていた。


「これ、ノンホールピアスですよ? 挟むだけなんで簡単なんです」


 そう言うとすぐに付け直した。

 そんな隠れたお洒落に智恵は嬉しそうに笑って見せた。

 再び僕の腕をつかんで引っ張っていこうとする。


「さぁ、行きましょう!」


 僕は屋台に来たときとは別の意味でお腹をさすりながら席を立ち上がった。



              **



 僕と智恵がもといた場所へと戻ると、既に皆は食べ終わったのか談笑していた。


「わりぃな。スイカ割りのイベントはスキップされました」


 瑞葉に買ってきたかき氷を手渡していると、慧悟が残念そうな顔をする。それを見た初瀬川さんがノータイムで返す。


「仕方ないじゃない! 手頃な棒とかなかったんだから」


 どうやら話を聞く限り、慧悟的にはスイカ割りがしたかったようだが、スイカ割りをするだけの準備が整っていなかったので、初瀬川さんが直売所でカット済みのカップに入ったスイカを買ってきたということだった。

 僕たちの分も用意してくれたらしく、とりあえず一口だけは食べようと受け取った。たぶん食べれないだろうなぁ、とは思いつつ。

 やけにスイカ割りにこだわっている慧悟が怒っているようだが、何故だろうと思って理由を聞いてみると、


「いいか!? スイカ割りってのは目隠しするのが常識だろ? そして周りの皆がいろいろ指示するわけだよ。そして何も見えない暗闇のなかで不安を感じながら、聞こえる声を頼りに懸命にスイカを探して飛びこんだ先が女の子だったら、嬉しいだろうがぁ!!」


 最低な上にしょうもない理由だった。青春をエンジョイする男は言うことが違う。

 まさかこんなことだけで怒っていたのか? そんなことを心のなかで思っていると、すぐさま女子陣から非難が殺到した。


「慧悟くん、さいてーです」


 と智恵が。


「スケベ野郎」


 と初瀬川さんが。


「おにぃマジキモい」

「うわぁ……」


 さらには中学生組まで。

 全員が白い目を向けて、本気で引いていた。


 さすがに慧悟も堪えたのか僕に助けを求めてきた。視線で同意を求めてくるが、僕が言いたいことは一つだけだ。


「このスイカ美味しいね」

「雄馬ぁぁー!!」


 そんな冗談を言うと、皆がどっと笑ってくれる。

 誰かがボケるとちゃんと誰かがツッコミを返してくれる。


 そんな楽しい空間だったはずなのに。僕自身も笑っていたはずなのに。この居場所にずっといたいって感じたはずなのに。


 どうしてか心の奥にある穴が埋まらないのが、どうしようもなく気になってしまった。


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