第41話 沈みゆくものはなにか
午後六時を知らせるベル音が鳴り響く。それを機に、ぞろぞろと海辺からたくさんの人が帰って行く。
八月真っ盛りの夕日はさして海に入り込んでいるというわけでもなかったが、赤でもないオレンジ色でもない、その曖昧な色が視界を染めていく。昼間には騒がしく感じられた客足も時間とともに徐々に遠のいていった。
その気配につられてか、やがて僕たちも誰の合図ともなくして自然と帰る準備を進めていく。
「じゃ、この海ともおさらばだな」
「二度と来れないわけじゃないんだし、その言い方は変じゃない?」
昼食後は無料で貸し出しされていたコートでビーチバレーをしたせいか、かなり疲れている。あんなに運動したのは久しぶりだ。慧悟がぐっと背の延ばしている様子を見て、そんなことを思う。
着替えやら片づけを終えた僕らは駐車場へと戻った。そこには当然のように、
携帯型灰皿というやつだろうか。
「おっ、終わったんか。待ちくたびれたわ」
「もうっ、典次さん。その言い方は失礼ですよ」
「ほうかほうか、気ぃつけますわ」
どう見ても典次さんの方が年上だが、注意されてぺこぺこ頭を下げている様子を見ると、どういう関係なのかますます気になってしまう。
じっと見ていると、典次さんの少し睨んだような視線とぶつかった。だがそれも一瞬で、さっと優しげな目線を
ほどなくして荷物を積み終えると、全員が重い足取りで乗り込んでいく。
「旅館までどのくらいなの?」
「すぐそこですよ。この海水浴場一体と連携しているんです」
興味本位で智恵に聞いたら、なにげにすごい答えが返ってきた。
だがそれに会話を広げてくれる声はなく、そのまま沈黙が流れる。
相当疲れているみたいだな。小さな寝息が聞こえるくらいだ。
僕も同じように眼を閉じて眠ってしまおうかと思ったが、ふと視線を感じてその方向を見てしまった。智恵だった。目が合うと、彼女はにっこりとほほ笑んで、自分の携帯を横に振っている。
どういうことだ? そう思っていると、僕の携帯がぶるりと震えた。
通知が来た。
どうやら智恵がメッセージを送ってきたらしい。おそらく声を出すことでみんなを起こしてしまうのに気遣ったのだろう。携帯で会話しましょう、とそんな旨のメッセージが書かれていた。
本当にどこまでも優しいな。そこまで遠慮する必要もないと思うんだが。
___お疲れ様です。今日はどうでしたか?
___疲れたけど、とても楽しかったと思うよ。
___私も楽しかったです! またみんなで行きましょうね。
そうだね、と打ち込もうとして指が止まった。なぜかその文字を打つのに
確かにこの旅行は楽しかった。だがそれはみんなが本当にそう思ったのだろうか。僕があの場にいてよかったのだろうか。僕がいなくても同じじゃなかったんだろうか。
そんなことを考えてしまった。
僕があの時感じた感情は、何だったのだろうか。楽しいと感じたはずなのに、心の中にいるもう一人の自分がそれを良しと認めていないようにも感じた。
結局僕は智恵からのメッセージに返信することができないまま、深い眠りへと落ちていったのだった。
**
目が覚めた時には、ちょうど宿の前に到着していた。
変な体勢で寝ていたせいか、体中がかなり痛い。海に着いた時みたいな尋常じゃない首の痛みまでではないが、少し筋を痛めたかもしれない。
「ふはぁぁ……」
「雄馬くん、着きましたよ」
誰かが肩をトンと叩いたことで覚束ない意識がだんだんとはっきりしてくる。
「今日宿泊させていただく宿に着きましたよ」
「うわぁ!?」
眼を開けるとすぐ目の前に智恵の顔があったことで驚いてしまった。情けない僕の声にびっくりしたのか、智恵は少し驚いた顔をした。
「急に大きな声を出さないでくださいよぉ」
両耳を手を当てている彼女を見ると、どれだけ大きな声を出してしまったのかわかり、少し申し訳なく思った。
そ、それにしても……、近い! 近すぎる!
まっすぐ僕の眼をのぞき込んでくる智恵と視線を合わせることができず、横にそらしてしまう。
「さあ、行きますよ!」
「あ、うん……」
彼女に手を引かれたまま、僕はみんなが待っている旅館に入っていった。
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