第37話 旅行にトラブルはつきものらしい

 目的地までは智恵ともえの知り合いが車を出してくれるというので、駅を出て近くのパーキングへと歩いていく。そこに待っていたのは黒の大きいワゴン車だった。運転席にはサングラスをかけた若そうなお兄さんが乗っている。

 僕たちに気づいて車を降りたその人は軽快そうな挨拶を済ませた。


「お嬢の友達でっか? ほな、よろしゅうな」


 喋り方からすると、関西の方だろうか。

 半そでのアロハシャツに短パン、煙草をくわえているせいか、少し怖いイメージが浮かんでしまう。だが、八重歯をむき出しにして智恵と仲良く会話している様子から見ると、よほど親しいのだろう。


「とりあえず後ろに荷物積みーや」


 僕らの荷物をまとめてひょいと担ぎ、車の後ろに押し込んでいく。ガタイがいいのもあるのか、軽々しく荷物を持っている。

 僕らも軽く会釈をして車に乗り込んだ。中は思ったより広く、十人くらいは座れそうな感じだ。

 荷物を積み終えたのか、後ろでバンッと大きい音がした。 

 それと同時に慧悟が口を開いた。


「な、部長。あの人は?」

典次てんじさんですか? 家にいる方ですよ」

「どーゆーつながりよ」

「お爺様の部下だとかなんとか……」

「「部下!?」」


 僕と慧悟の声が重なる。いったいどんな家庭なんだ? さっき智恵のことを「お嬢」って呼んでいたし……。

 はっきりわかりません、という彼女の曖昧な返事。まあ家庭の事情を探るつもりはないので、僕からは追及しないようにしよう。

 

「んじゃあ、出発するで?」


 ルームミラーで僕らが乗っていることを確認した典次さん。


「「「「「「はーい」」」」」」


 六人の返事がシンクロする。

 そうして、僕らは海へと走り出した。


          **


 車窓からはちょうどいい角度から朝日の光が差し込み、遠くに見える海水もその光を反射してキラキラと宝石のように輝いている。高速道路に乗ったため、かれこれ何十分かは同じ景色を見ている気もする。

 そう、海。

 今回の旅行先に智恵が選んだのは海だった。

 一時間も走れば自然と波音や潮の匂いなんかで気付くものだが、何より前日に『水着を持ってくるように』という智恵からのメッセージで何となく行先に予想はついたものだ。

 夏といえば海。海水浴にスイカ割り、ビーチバレーといった遊びを想定していたのだろう。

 別に僕も海は嫌いではなかったし、このメンバーで行くのなら悪くないと思っていたのだけど……。

 一つだけ誤算があった。


「………うっ、まだ着かないの? もう、限界」

「おい吐くなよ! あと十分くらいだから……っておい待て雄馬ぁ!」


 僕が車に非常に酔いやすいということだった。

 智恵と初瀬川はつせがわさん、瑞葉みずは圭奈けいなたちはそれぞれ楽しくやっているというのに、僕と慧悟けいごだけは修羅場に突入しかけていた。

 最初はみんなでトランプでもしようかと思っていたのだが、頭を使うと気分が悪くなってきた僕がリタイヤしたことで終わってしまった。


「じゃあこっち」

「残念でした。そっちはババです!」

「くそぉ、また最下位かよぉ!!」


 しばらくババ抜きやらが続いていたのだが、どうやら僕が疲弊しきっていることで気まずくなったのか、そこ声は次第に消えていった。中学生組は疲れて眠ってしまっているし。

 気にしないで、と伝えたのだが、慧悟はそうでもなかったらしい。なんだか申し訳ない。

 酔いの対策として基本会話をしていれば大丈夫だという慧悟に合わせて、最初は僕も積極的にしゃべっていたが、時間の経過とともに話のネタが尽きてくると、僕の酔いがピークに達した。


「ごめ、ん……。もう……」

「おいおいあきらめんなよ! もうちょっとだから頑張れ!」


 そんな慧悟の応援もむなしく、腹の底から今にも何かがこみあげてくる。それを押し込もうとペットボトルに入った水を飲んでみるも、喉の奥がずっと刺激されている感覚が取れない。


「景色を見てはどうですか?」


 そういう智恵の助言もむなしく、限界が近い僕は顔を上げるのもやっとだ。こうして伏せている方が余計に気分が悪くなるというが、どうにも僕には上げる方が辛い。

 

「うるさいよ慧悟。ってなにしてんの?」


 慧悟の後ろに座っていた初瀬川さんが僕らをのぞき込んできた。隣の智恵はなんだか心配そうな顔をしていた。


「いや雄馬が酔ってな……」

「止めればいいの?」

「は?」


 慧悟と初瀬川さんが何事かを話していたかと思うと、次の瞬間。


「ぐぅ………」


 首筋にものすごい衝撃を感じたかと思うと、僕の意識が徐々に薄れていく。

 視界が真っ暗になっていくのをスローモーションで感じながら、誰かの声が耳に入ってくる。


「そこまでやるかよ。さすが空手女王」

「その名で呼ぶなっての」

「ぐえっ」


 すぐにどさりと僕の隣に何か重いものが倒れる気配を感じた気がした。

 そこからは記憶がなかった。


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