第42話 恋と館と幽霊少女Ⅰ

「へえ、二人部屋にしては結構広いじゃんか」

「十畳って言ってなかったっけ?」


 僕と慧悟けいごは渡された鍵で宿泊する部屋を開けると、部屋全体を物色し始めた。バストイレ付きで、広縁まであるかなりゆったりできそうな部屋だ。

 押入れを開けると、畳まれた布団やシーツの上に浴衣が二セット置かれていた。


「うーん、開放的だぁ!」


 とりあえず荷物を下ろして座布団の上に座った。

 障子をあけて伸びをしている慧悟を見ると、その彼の視線の方向に海が一望できた。すごいな、かなりいい部屋なんじゃないだろうか。

 外観からしてかなり高級そうな感じはしていたが、内装もかなりきれいだし、なにより海を眺められるのはポイントが高い。


「ん、ここ四人部屋じゃね?」


 慧悟が机に置かれていた『当館の紹介』と書かれた冊子を開く。

 もしかしたら四人部屋を二つ予約して男子組と女子組で別れるつもりだったのだろうか。それで二人で使うには少し広いのだろう。かといって女子の方から一人呼ぶのはありえないが。


「いやぁ、今日はマジで疲れたな。楽しいと時間が経つのが早いって聞いたが、あれってほんとなんだな」

「それは時計を見ているかとか、心拍数に関係するらしいよ」

「ほーん。でも、年の差とかもあんじゃねえの? ほら年寄がよく言うじゃん。もう何歳? みたいな」

「それは確かジャネーの法則だったかな。なんかの本で読んだ気がする」

「お前はそういうどうでもいいことに詳しいよな」


 ひひ、ときれいに並んだ歯をむき出しにして慧悟は言った。

 どうでもいいとは失礼だな。まぁ適当に読んだ小説に出ていた、かじった程度の知識だけどさ。

 いつもの僕ならここで軽口の一つくらい言ったのだろうが、今は出てこなかった。そんな僕を不審に思ったのか、慧悟が笑った顔をしまった。


「どうした? なんかあったのか」

「いや、ちょっと疲れてるだけだよ。今日は早めに寝ようかな」

「そろそろ夕食行こうぜ。俺は腹が減った……」


 いうや否やぐぅとお腹の虫を鳴らす慧悟。

 部屋にかかった時計で時間を確認すると、まだ六時を回ったところだった。

 事前に夕食は好きなタイミングで取ってください、と智恵ともえから連絡を受けたため、僕らは少し早く食堂に向かうことにした。一応六時から八時の間という風に仕切りはあるみたいだが、まぁ無理に女子たちと合わせる必要もないだろう。


「うまくいけばあいつらと鉢合わせするかもな」

「まさか裏で連絡とってないよね?」

「そんな馬鹿な」


 両手を見せるように挙げてフ、と首を横に振る。そんなきな臭い態度に思わず顔をしかめた。


 必要な荷物だけを持って、僕たちは食堂へと足を運んだ。



                **



 食堂の一角で華を咲かせている集団がいた。


ともちゃん、あいつちゃんと起きてた? 慧悟に任せたけど体調悪いの?」

雄馬ゆうまくんのこと気になるんですか?」

「ちがっ! ただ慧悟に迷惑かけてないかなって思っただけ……」

「慧悟くんの方が気になるんですね!」

「………っ!? そ、そうじゃなくてっ!」


 二人は背負っていた荷物の中身を整理しながらそんな会話をしていた。どこかの誰かが聞いたら喜びそうな内容ではあったが、本人がいないのでそれ以上は盛り上がらなかった。

 否定はしない恵佳けいかに、智恵は顔をほころばせた。


「え、恵佳さん、もしかしておにぃのこと好きなんですか?」


 話を聞いていた圭奈けいなが食いついた。今どきの中学生にとってはコイバナなどおいしい餌でしかない。どこか意外そうな、にやりとした表情を見せる。

 恵佳の幼馴染である慧悟の妹の圭奈はそこまで深い面識はなかったが、兄と親しくしている女性に話を振る仲ではあった。


「え、まあ、好き、かな……」


 照れを帯びたとぎれとぎれの言葉。

 あくまで本人は平静を装ったつもりだろうが、その顔が赤く染まっていたので周りには十二分に伝わってしまったはずだ。


「気持ちは伝えないんですか?」


 今度はもう一人の中学生である瑞葉みずはが食いつく。やはり中学生にとって、この手の話はキラキラとした夢の世界なのだろう。


「中三の卒業式の日に、同じ高校に進学するって言うから、そんときに一応告白したんだけど、なんか待ってって言われた」

「え? それって……」

「返事待ちってことですか?」

「うわーおにぃのやつ、マジヘタレだわ」


 三者三様の返事が来る。

 そんな感じでガールズトークは続いていくのだった。

 食事をしながら楽しい会話ができることに夢中の彼女たちは、そこにやってきた男子組には気付かない。また彼らも、自分たちのことを噂されているとはつゆ知らず、談笑を広げた。

 部屋に戻ってもそのコイバナは終わることなく、彼女らの一人がお風呂に入っていないことに気づいたのは日付が変わったころだったのは言うまでもない。


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