第13話 僕と重なるスクリーン

「くっそ……。どっちに行ったんだ?」

「……」


 校門を抜けてずっと走り続けたせいで息切れして、慧悟けいごの質問に応えることができない。元運動部の脚力に合わせて走っていればどちらが先にばてるかなんて自明だ。傍にある電柱に寄りかかって、がくがくしている膝に手を置いた。立っているのがやっとなくらいで、つばを飲み込むのも苦労した。


「おい、しっかりしろよ雄馬ゆうま。人の命がかかってんだぞ!」


 わかってる、そう言おうとしたが、やはり声に出なかった。

 慧悟の方も息は少し乱れているものの、周囲をきょろきょろと見渡して彼女を探す余裕はあるようだった。


「とりあえず部長よりも先に例の路地に向かった方がいいか? つっても、どこをどう帰ってんのかわからないしな……。途中で会う可能性に賭けるのもリスキーすぎるか」

「……そう、だね……」


 いいかげん切り替えなくては。いつまでも休んでいるわけにはいかない。慧悟がさっき言った通り、人の命がかかっている。これから起こることを知っていて、言葉を交わした人間に情を抱いたのだから。

 それに僕が彼女に関わってしまったせいで、こんな運命が決まってしまったかもしれない。そう考えると、居ても立っても居られない自分が心の中で叫び出すのがわかる。無論押さえつける必要はない。


「絶対に、助けよう!」


 なんとか声を絞り出して、顔を上げた。その勢いで額から汗が流れていく。ゆっくりと呼吸を重ねて、数秒かけていつもの状態へと戻る。右手を胸に置くと、どくどくと脈打つ心臓が大げさに感じられた。


「その目は大事だぜ」


 慧悟が何かをぼそっとつぶやいたのだが、口元をほんの少ししか動かさずに小さな声で言ったせいでよく聞き取れなかった。


「急ぐぞ!」


 そう言って再び僕らは走り出した。



             **



 それから休むことなく走り続けて例の路地へとたどり着いた。

 だがそこには彼女の姿はなかった。それどころか、他の人の気配もなかった。せいぜい犬の散歩で通り過ぎていった四、五十代の女性と出会っただけだった。


「おい、本当にここであってんのか?」

「たぶん、まだ先の未来なんだと思うんだけど……」


 慧悟はあちらこちらに視線を送るも、それらしい人影がないことに気づき、僕に確認を取ってきた。

 場所は確かにここだ。あのスクリーンの中で視た景色と一致する感覚がある。見通しの悪い十字路。コンクリート塀の壁を越えて伸びていく植林。カーブミラーもない。場所は合っているが、違うのは時間タイミングだろう。義眼で未来は視れるが、その正確な時間まではわからない。


「そうか」


 慧悟はそう言うと、ふっーと息をついて路肩に座り始めた。

 まだ時間に余裕があると考えているのか、緊張感が抜けているように感じた。さっきまでの緊迫していた表情と打って変わって、少し拍子抜けしてしまう。

 確かに僕が先ほど視た光景は未来のことを映していた。だけどここ一週間で何度も同じ光景を視たのは初めてだった。

 今までなら一度流れればそれを再び視るという経験はなかった。

 それが意味するのはなんだろうか。

 少し考えを巡らせてみる。推測でもいい。見当違いは困るけど、それらしい答えが欲しい。数分かけて僕が導き出した答えは『スクリーンが重なれば重なるほど、その出来事が起こるのが近い』ということだった。


「おいっ! 部長来たぞ!」

「……え!?」


 慧悟が指さした方を壁から顔を出してのぞき込む。そこには確かに、肉まんを片手に頬張りながら歩いてくる彼女の姿があった。向こうからこちらに歩いてくるということは、買い物を終えて学校に戻るということになる。

 もしかして、僕らは追いかけなくても彼女を待っていればよかったのか……?

 交通事故のタイミングがずれたのは、どうやらこうして寄り道をしていたらしかった……。

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