第31話 エンカウンター・システム
とりあえず筆箱と数学の教科書とノートを持っていく。教えてもらうだけだろうし、荷物をまとめて持っていく必要はないだろう。
するとポケットに突っ込んだ携帯がぶるりと震えた。慧悟からのラインで、たった一言のメッセージが。
『俺は帰るが頑張れよ』
「え……? あれ?」
えっと……。慧悟の紹介で教えてくれるはずだったんだけど。
まさかの本人帰るパターンあるのか!? そんなことある?
慧悟が帰るということは、その家庭教師と僕とのワンツーマンのスタイルになってしまうことじゃないか。いやいや、おかしい。
『いや、なんでさ! 慧悟も一緒に勉強するんじゃなかったの?』
『俺は紹介するとしか言ってないぞ?』
『僕がその家庭教師と二人でとか無理でしょ!』
『なにいってんだ、初対面でもあるまいし』
……ん? 初対面じゃない? どういうことだ?
『とりあえず部室行け。待たせるなよ』
『そんなこと言われても……』
唐突にグットのポーズをした侍のスタンプが送られてくる。そのあと二、三回ほどメッセージを送ったが、全部侍のスタンプで返されてしまった。
はぁ、これはもう行くしかないのか……。
慧悟にはこれ以上何を言っても仕方ない。勉強を教えてくれる人を待たせるのも悪いし、さっさと行くか。
早々に携帯をしまい込んだ僕は、部室に向かって歩き始めた。
そう遠くはないので、ものの数分でたどり着く。いったい慧悟が依頼した家庭教師って誰なんだろうか。僕の知り合いとなると、限られてくるんだけど……。
そんなことを思いながら、部室のドアを開けた。
「あ、お待ちしてま………」
部屋のなかには一人の女子が座っていた。僕が数日前に探し回っていた人
だ。
「
「と、
何でここにいる、という言葉は喉からでなかった。会いたいとは思っていたが、実際にあってみれば話すことなんてまともにできるはずがなかった。気まずさから僕は視線を落とした。
「私は慧悟くんから頼まれて、知り合いに勉強を教えてほしいそうで、ここで待っていたのですが」
この証言を聞いて、ようやく僕の中で合点がいった。まさか根回ししていたのか。しかも互いに名前は教えてないという形で。なんという策士。
その証拠に、智恵の方も僕に会うとは思っていなかったのか、さっきから僕と目を合わせようとしない。まあ僕も恥ずかしくて見れないんだけど。
なんだかそんなことに気がいってしまって、うまく頭が回らず、会話も続かない。沈黙の中でどうにか声を絞り出す。
「えっと、その、僕も慧悟に頼んで、家庭教師の人と待ち合わせを……」
そこで智恵も気づいたのか、二人の声が重なった。
「もしかして智恵なの?」
「もしかして雄馬くんですか?」
そして互いにうなずく。やっぱり慧悟が仕込んでいたようだった。
この放課後までに慧悟が接触したとするなら、昼休みにドアのところで話していたのは智恵だったのだろう。
彼女がどうして僕たちの教室の外にいたのかはわからないけど、そのときに家庭教師の件をお願いしたと考えられる。
「じゃあ、あの!」
智恵が語気を強めて言った。
若干不安そうな表情を浮かべながらも、僕の眼を見ながら言った。
「勉強しませんか?」
勇気のいる一言だったろう。僕が言いたくても言えなかった言葉。
本来の目的を見失うな。僕がここに来たのは、勉強するためなんだ。彼女が声をかけてくれたというのに、僕が黙ったままなのはまずいだろう。何か言わなくては。
そう思ったが、僕に気の聞いた台詞などすぐに思い付くわけもなく、
「よ、よろしくお願いします」
そんな形式めいた無難な言葉だけが彼女に向けられる。
こうして今日一日限りの勉強会が始まったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます