第24話 曇りときどき相合傘

「うわ、どしゃ降りかよ……」


 鉛を張ったような空を見上げながら慧悟けいごは間延びした声をあげた。部活を終えた僕らは部室を出て、窓の外を眺めながら廊下を進んで行く。


「天気予報見てないの? 夕方から雨だって」

「いやー、朝雲ってたから行けると思ってチャリ飛ばしたんだよ」


 それでも曇りなのか。せめて晴れてたなら気持ちはわかるんだけど。


「しゃーない。突破するか」

「いやいや! 絶対に風邪引くでしょ」


 小降りなら行けないこともないが、この雨量ではさすがに厳しいだろう。雨合羽を着たとしても遠慮したいくらいだ。


「何してんの?」


 僕と慧悟があーだこーだと言い合ってある所に、初瀬川はつせがわさんも玄関にやって来た。智恵と一緒に職員室に用事があると言っていたのだが、どうやら追いついたようだ。

 素っ気ない言葉と態度で僕らの方を見ながらも、きっちり靴を履き替えている。


「いや傘ねぇからどうすっかなって」

「………ん」


 初瀬川さんは傘立てから黒色の傘を取り出すと、慧悟に無言で突きだした。


「なんでお前二本もってんの?」

「い、いいじゃない別に! 慧悟が忘れてないかなぁ、とか考えて持ってきたわけじゃないからっ!」


 初瀬川さんはあたふたしながら早口でまくし立てるのに対し、そうか、と慧悟は苦笑しながらその傘を受けとった。二、三度握りしめてはそれが嬉しいのか、ニッと笑って見せる。

 そんな二人の様子を見て、こういうのを友達というのだろうなと思った。分かり合える、と表現すべきか。すべてを言葉にしなくても伝わるのだろう。

 僕にもいつかこういう関係を築けるだろうか。僕にも、できるのだろうか?


「じゃあ雄馬、悪いけど俺らは先に帰るわ。また明日な」

「また明日ね」


 そう言って二人は並んで歩き出す。黒と水色の傘がぶつかって傘の上の雨粒が降り落ちる。バシャバシャと雨音が響くなかで、雨粒が傘に当たって弾かれる音がはっきりと聞こえた気がした。傘の隙間から仲睦まじく談笑する様子が見えた。


「僕も帰るか……」


 誰にでもなくそう宣言する。いや、きっと自分に向けたのだろう。傘立てから自分の傘を掴んだ時だった。


「雄馬くん」


 誰かが僕を呼び止める。声のした方を見ると、そこには智恵がいた。ちょうど職員室から戻ってきたのだろうか。


「ど、どうしたの?」


 なぜか自分でもわからない動揺を感じ、声がうわずってしまう。心なしか心拍数もあがっているような気もする。

 思わず一歩後ずさってしまった。するとその距離を埋めるかのように、智恵が近づいてきてこう言った。


「私たちも一緒に帰りませんか?」


 笑顔を添えた疑問文。外は雨音でうるさいというのに、彼女の声はいやでもはっきりと聞き取ることができた。

 もしかしたらさっきの一部始終を見ていたのかもしれない。慧悟と初瀬川さんに習って、僕らも一緒に帰ろうかと誘っているのか。


「いや、あの、僕はバスだから」


 とっさのことで慌てて口にしてしまった。誘われたら第一声には断るのが僕の癖だ。身についた習慣は動揺したときに出やすい。いや、確かにこの天気だからバスで帰ろうとしていたのは本当だから嘘をついているわけではないんだけど。


「私たちも一緒に歩いて帰りませんか?」


 二度目の誘い。僕の拒絶をものともせず、彼女は再び問いかけてきた。しかも今度は、交通手段を徒歩に強制してくる。


「いや、だから……」

「私たちも一緒に歩いて帰るべきですよね?」


 三度目は既に誘いではなかった。勧誘からのまさか同意を求めてくるとは。

 ニコリと顔は笑っているが、ものすごい圧を感じる。背後にオーラでも背負っているんじゃないかっていうくらいの空気を纏っていた。


「……はい」


 長い沈黙をかけて肯定の意を伝えた。というか、頷く以外に手段は残されていなかった。

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