第61話 銃と覚悟と特攻隊
犯人の声が聞こえたことで
さっきはバレるから電話するなと言ったのに、自分はかけるのか。なんかちょっと複雑な気分だ。声のボリュームは押さえているから、配慮しているつもりなのだろう。それでも犯人に気づかれない可能性はゼロではない。
警察の存在に気づいた犯人が興奮して人質に危害を加えてもおかしくはない。
僕が義眼で視たように、銃で撃たれる光景が現実になって……。
僕はそこまで考えたところで、無理やり思考を振り払った。
いやいや、まだあれが現実になると決まったわけじゃない。今からでもまだ
僕は集中力を切らさないように心の中で自分に活を入れる。犯人や智恵がいる部屋の扉をじっと見張っていた。立てこもりなら出てくるとは思えないが、どんな変化も見逃すわけにはいかない。
「そうか。人数を回せるだけ回してくれ。ああ、あとホシの危険物用に処理班を頼む」
電話を終えた暮さんは再び僕の方に近づいてきた。
「なあおめぇ」
「はい」
「撃たれてる人がいるかも、とか言ってたよな」
「……ええ」
「どうして犯人が拳銃持ってるってわかったんだ?」
身をかがめている僕に、暮さんは上から小声をかけてくる。
あれ、もしかして暮さんはさっきの銃声を聞いてないのか? てっきり聞こえた方へ来たから僕とばったり会ったのだと思っていたのだが。
そのことを聞いてみると、予想外の反応が返ってきた。
「銃声なんて一度も聞いてないぞ。なんかの聞き間違えじゃないのか?」
「え?」
どういうことだ? じゃあ僕が聞いたのは何の音だっていうんだ?
智恵の部屋にいたあの時、確かに聞いたのは銃声だったはず……。
義眼でも撃たれている光景を視た。誰かはわからないけれど、血が出ていたのは鮮明に覚えている。義眼のことは説明できないし、なんて言ったらいいんだ……。
「まずいな。警察は不確かな情報では動けねぇ」
「そ、そんな」
「拳銃を持っているとしたら、また別の部隊が準備にしてくる。だとしたら――」
「早く助けてあげたいんです! なんとかなりませんか?」
時間がどんどん経てば、僕が視た未来が変わる可能性だってある。犯人の気分次第で最悪な結末にだってなり得るんだ。不確定な未来だからこそ、希望が絶望にかわることだってある。
彼女を危険な未来から救ってあげなきゃならないじゃないか!
自己満足って言われてしまうかもしれない。だけど、ここで動かなかったら絶対に後悔する気がする。
手を伸ばせば届く命を簡単に諦めるなんて、そんなの怠惰なだけだ。
「ったく……」
ぽりぽりと頭をかいて、暮さんは溜息を吐く。
そして、言葉を続けた。
「突っ走るのは若者の特権だなんていうが、それには限度があんだろ」
冷静に諭される。
ぐうの音も出ないほどの正論だった。返す言葉が見つからない。
この状況を動かすための力がない僕にはどうしようもない。心のどこかでわかっていたはずの現実を突きつけられて、言葉だけでなく体までもが固まってしまった。
「だから……」
「……?」
「俺がどうにかしてやる」
覚悟を決めた目。暮さんは決して諦めていなかった。最後まで僕のために策を練ろうとしていたんだ。
僕だけが一人で先走って、勝手にあきらめて、そして他人にすがろうとしていたんだ。そんな僕に暮さんは静かに口を開いた。
「いいか。俺が単騎特攻して犯人を動揺させる。そのあとでおめぇは彼女をどうにかしろ」
「ぼ、僕が……?」
「阿保、他に誰が助けるんだ。この際、他の
「でも……」
「とにかくだ、彼女を連れ出してさっさとここから離れろ。警察が人命見捨てるなんて阿保かもしれんがな」
「でも、犯人が銃でも持っていたら……」
「心配すんな。俺に任せろって言っただろ」
懐から一丁の拳銃を取り出して見せつける。真っ黒に光るそれはやはり本物だった。その威圧感に喉が鳴る。
「わかりました……」
僕に半ば強制的に頷かせるように、暮さんはずいっと顔を寄せてすごんできた。覚悟を決めたってこういうことなのかもしれない。ただそう感じた。
暮さんは隠していた拳銃に弾丸が入っているか確認していた。
黒塗りの固くて重そうな鉄の塊。手慣れた様子で扱っている。
これが本物の拳銃か、と本能に近い心の深いところで恐怖を感じた。指をかけるだけで、人の命を一瞬で奪ってしまうもの。言葉で説明するのは簡単かもしれない。
それでも命の重きを知っている、いや知らなくてはならない僕としては「怖い」という感情以外は湧かなかった。
暮さんは拳銃に注がれている僕の視線に気づき、ふんと鼻を鳴らした。
「気になるか」
「え、あ、いや」
「おめぇはこれから先関わることはないから気にすんな」
「は、はい」
確かに一般人が拳銃に関わることなんてあってはいけないことだろう。かくいう僕もこれが現実なのかと、どこか夢うつつな気分で見ていたけど。
装填を確認し終わった暮さんが準備しようと立ち上がったその時、暮さんが耳に着けていた受信機みたいな機械から誰かの声が響いてきた。近くにいた僕にも聞こえる声だったから、相当大きな声で叫んだのだろう。
「ねぇ、アッキー、一人で行くって言った!?」
「おい……。いきなり大きな声出すなって言ったろ。耳が痛いんだよ」
「やめてよ! そんな無茶しないでよ!」
「やるべきことはやるってのが俺の信条だ。約束、覚えてんだろ?」
わずかにヤクソクという言葉が強く発音された気がした。
話している相手は高めの声だから女性だろうか。受信機から漏れ聞こえるレベルだからはっきりとは聞き取れないけれど、暮さんを心配しているのは感じ取れた。
「じゃあな。また後で」
「あっ、ちょ!」
これ以上は何も言わせまいと、受信機を耳からとって電源を落としてしまった。相手の人はまだ何か言っていたようだけど、その言葉はもう暮さんには届いていなかった。
「あの、いいんですか……?」
「あいつはこれでいいんだよ。それより今考えるのは違うことだろ?」
そう言って暮さんは真剣なまなざしを向けた。
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