第45話 音と館と血の啓示

 暗闇のなかで誰かが叫んでいた。だがそれも一発の銃声によってつぐまれてしまう。次に聞こえるのは恐怖に震えた悲鳴だった。

 何人かが部屋の隅にかたまって怯えているのが視えた。

 一人は横たわっている誰かを介抱しているようだが、その支えている手からは赤い液体が止めどなく流れ続けている。

 赤く、黒く、そして鉄が焦げたのような匂いが辺りに満ちていた。


 暗闇のなかで誰かが泣いていた。その目からは止むことのない液体が流れ続けている。悔しいのか、はたまた悲しいのか。

 テーブルを怒りに任せて蹴る人影。乗っていた茶菓子やグラスやカップなどが散乱する。その散らばった破片が勢いで障子を破り去った。

 外から聞こえるけたたましいサイレンの音を遮るように、二度目の銃声が響き渡る。同時に一際甲高い悲鳴が聞こえた。その声はやはり途切れる。

 どん、っと重い物体がまた一つ地面に倒れていった。


              **


 これが義眼の映した情景だった。

 いつものことながら突然の展開過ぎて全然理解が追い付かなかったが、どうみても背景がこの旅館だったことを考えると、この事件かは僕たちにとって近い未来なのだろう。

 聞こえたのは銃声。視えたのは血液。

 大きなヒントになりそうだった。

 僕は大浴場に面する通路に座り込んだまま、この光景をずっと考え込んでいた。彼女たちの前で『赤の世界樹』が起動した時は少し焦ったが、どうにか誤魔化すことができた……はずだ。

 現在、十一時四十五分。彼女たちが入浴して十分くらい経ったころだろうか。使用ギリギリのこの時間に混むということはないはずだが、女の子なら時間がかかるかもしれない。

 なのでその時間をただ待つには勿体ないと考えて、スマホを起動させた。Wi-Fiが通ってないせいか検索エンジンの起動が遅かったが、それでも調べ物を続けた。

 この旅館の近辺で銃に関係する催しはなかった。とすると、はおもちゃの類いではないだろう。やはり本物なのか……?

 本物の銃を持った誰かがこの旅館に侵入してきて僕たちを攻撃したということなのか。まさかそんなテレビみたいなことがあるのか? でもそうじゃなかったら何だっていうんだ?

 善人ではないのは明らかだった。


 睡眠を欲している頭を精一杯使って、そんなことを考えていた。

 智恵たちがのれんをくぐってからそのまま廊下で見張りを続けているが、銃を持った人など出入りしていないどころか、彼女らの他に出入りしている者はいない。

 少なくとも今日起こる事件ではないようだ。


「いや、もう昨日になるのか」


 日付が変わっていることをすっかり忘れていた。手元のスマホで十二時を過ぎていることを確認する。

 旅館が海に近いことで渡り鳥たちでも住み着いているのか、時折聞こえてくる鳥の鳴き声がどこか不気味に感じた。


「どうすればいいのかなぁ……」


 慧悟けいごに相談するとしても朝になってからだろう。彼のことだから何か策をたててくれるかもしれない。まず僕にできるのは視たものを正確に伝えることだ。この未来視の力を有効に使わなければ、下手をすれば危険が及んでしまうのだから。まず最初に――。


「お待たせしました。雄馬ゆうまくん」


 頭のなかでさっき視たものを整理していると、智恵ともえたちがちょうど出てきた。全員が浴衣を着直しており、上気した頬が印象に残った。


「なによ、浮かない顔して」


 初瀬川はつせがわさんが僕の表情から何かを感じ取ったのか、少し心配そうに聞いてくる。お風呂上がりで髪をほどいているため、いつもの印象とは少し違って見えた。

 さっきのことを彼女たちに話していいのか……。危険を知らせるためには教える必要があるが、信用してくれるだろうか。そもそもまず義眼のことを説明しなきゃいけない。でも事件が近日に起こるのだとしたら、早急に伝えて対処すべきだし……。


「……いや、なんでもないよ」


 結局僕は保身に走ってしまった。信用されないことを恐れて、伝えることが出来なかった。


「じゃあ、お休みなさい」

「本当にありがとうございました。雄馬くん、またいずれお礼しますね!」

「それは大丈夫だからっ……!」


 部屋に戻る前に少し智恵と会話を挟むことにした。

 義眼のことを直接伝えてはいないが、僕が視た未来のことを架空の話として語ったのだった。別に信じてくれなくてもよかったが、一応知っておいてほしかったのだ。

 月の光が窓の格子から差し込むなかで、わずかに草木が揺れ動く音が響いた。

 その音はにつれてだんだん大きくなっていった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る