第74話 二人の距離Ⅱ
花雲は恥ずかしそうにその言葉を吐いた。
「一緒に実行委員をやってほしいな、って。なんか友達は一緒にやってくれなくて……さ」
嘘だ――。
直観的にそう思った。
僕は視線を花雲から外した。微かに聞こえる声の方を見やる。
花雲の後方で固まってひそひそと話をしている集団が視界に入った。以前花雲と一緒に
根拠はないけれど、それでも何かしら手伝うはずだ。
そう、だから協力。その意味を読み解く。
友達である彼女らが手伝わない理由。そこに何のメリットがあるのか。その根本にあるのは……。
「なるほどね……」
実行委員の席は二つだ。おおよそ誰かが立候補を上げれば、そこに介入してくる人間は極僅かだ。というか、ほぼゼロに等しい。だとすれば、ここで無理やり慧悟を連れた花雲が名を挙げれば、役割は確定してしまう。
花雲さんと慧悟を二人で実行委員に仕立て上げる協力というわけか。
「そうだなぁ……」
慧悟が悩む素振りを見せる。立っている足の重心を入れ替え、腕を組みなおした。その動作に花雲は焦ったのか、顔を真っ赤に染めて両手を胸のあたりで小さく左右に振る。
「い、いやだったら別に……!」
「嫌、じゃないんだけどさ……」
慧悟が言葉を切った。歯切れの悪い返事だ。
「俺なんかでいいのかなって。ほら、花雲なら友達たくさんいるじゃん? 女子同士とかじゃなくて大丈夫かなって思ってさ」
さっき体勢を変えて向こうを見ているせいで、慧悟の表情は読み取れない。どんな顔をしてこのセリフを言っているのか。本当に気を遣って、謙遜して言っているのだろうか。
「あの、私は天馬くんがいいな……」
それでも花雲は一歩近づいた。その言葉は自然に出た言葉だったのだろう。その真意に気づいたのか、急速に赤面する。あたふたとして慌てて補足した。
「いや、その、いいなっていうのは、別に深い意味はなくて、その、天馬くんならいろいろ協力してくれそうだなってだけで、いや、だけっていうのも……」
「おちつけって」
「あのっ、違くてっ、その……」
「一旦止まれって、な?」
「えと、あの、うぅ……」
もはや何を言っているのかわからない。焦れば焦るほど、本意から遠退いて行く。本人もそれに気づいたのか、ますます困ったような表情で縮こまっていた。その目尻はほんのりと赤みが増していた。
「いいよ」
そっと優しい一言が投げかけられた。おどおどしていた花雲はその言葉に驚いた顔を向けた。
「え……?」
余程困惑したのか、「え? え?」と繰り返している。
「困ってんなら俺が力になる。まぁ力不足かもしれないけどさ」
「天馬くん……」
にっと明るい笑顔で、慧悟は彼女に微笑んだ。組んでいた腕を解いて、黒板の方へ体を向けた。そのまま二人は正面へと歩いていく。そして、右端に書かれた実行委員という大きな文字の下に二人の名前が書きこまれた。
どこか照れくさそうな表情を浮かべる彼らをクラス中が自然と拍手で迎える。異論はない、ということだろう。
これも協力なのだろうか……。
花雲は友達の方へと戻っていき、きゃーきゃーとした喜びに近い悲鳴を上げて友達と笑い合っていた。実に喜ばしいことだ。彼女らの目的はこれで果たされたのだから。彼女らの知る由のない大きな犠牲を伴って。
一方も僕の方へと歩いてくる。どこか沈んだ顔というか悲壮感漂うとぼとぼとした歩き方だった。僕の机の前にしゃがみこんで小さく一言、
「やっちまった……」
と撃沈する。文字通り顔を机に突っ伏していた。
「断ればよかったのに、どうして受けたのさ?」
「あんな顔されたら断れねぇだろ……」
「まあ、そうだけど」
「周りの目もあったからな」
後悔する選択なら選ばなければよかったのに。そう思ったのだが、やはり都合というものには勝てないのだろうか。
慧悟は優しすぎる。
優しさゆえに断れないのだ。きっと彼の中に答えはもうあるはずなのに、それを引き延ばしてしまうのだ。僕の知らない秘めた何かに、蓋をしている。
「もう覚悟はできてるからな……」
「あきらめって意味?」
「うるせ。てか、お前も早く決めて来いよ」
「そうだね……」
軽口を叩けるくらいにはまだ余裕そうだ。慧悟の誘導で僕も黒板を見た。大方みんなの名前が書かれており、ほとんど埋まりつつあった。視線を左右に流して探す。
残っている仕事は……っと。
空いている枠は美化係、だった。一人の枠だ。
「美化係、か」
「おい、まじかよ。変われよ、変わってくれよ」
隣から猛烈に羨望の視線を感じる。
まぁ、なるようになるもんだ。
美化係が何をするかなんてわかっていないけど、残された仕事なら甘んじて受け入れるとしよう。
僕はいそいそと名前を書きに行った。
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