第14話 二度目の救助に勇気あれ

 僕と慧悟けいごは二人して同じように電柱に隠れるようにして、向こうから歩いてくる彼女を眺めていた。


「さっさと行って止めて来いよ」

「い、いや。今事故に遭うと決まったわけじゃ……。昨日みたいに別の日だったら、さ」

「そんなこと言って今だったらどうすんだよ!」


 声が聞こえないようにとこそこそしている中で、慧悟の口調に語気が強まっていく。彼女がどんどん近づいて来ているというのに、依然僕らは行くか行かないかで小競りあっていた。

 確かに僕も今すぐ飛び出して引き返すように言いたい。だけど、心のどこかで再び失敗して余計なことになるのではないか、という思いがその決断を鈍らせていた。ここまでビビるなんて。

 僕の頭の中で天使と悪魔が戦争を始める。


天使「助けに行きましょう! 失敗しても無駄なんてことはありません!」

悪魔「行く必要なんてあるか? よく聞け、また勘違いでストーカー扱いされるんだぜ」


「やっぱり行った方がいいのかな……」


悪魔「おい、まてまて。ちゃんと考えたらわかるだろ。効率を考えろよ。事故が確定するまで動くのは無駄な行動だろうが」

天使「でも失敗しても胸を触れたではありませんか!」


 何を言っているんだ、この天使は。


悪魔「そうか! 事故に見せかけて触りに行くのか! そりゃ天才だ、よし早く行け!」

天使「そうです、行きましょう!」


 なんか互いに腕を組んで急に賛同し始めた。しかも互いの目的は違っているというのに。僕の天使はやましすぎる……。

 

「ほら! 行けって」

「ちょっ! 押さないでよ」

「そんな躊躇してる余裕なんてないだろ」

「わかってるけどさ……」


 押され押し合い。道の端で言い合いなんてしていれば目立つに決まっている。こんなことをしてる場合では……。


「二人して何してるんですか」

「「ッつ!?」」


 彼女はいつの間にか僕らの前に立っていた。というか慧悟に視線が向いていて全く彼女の方を見ていなかった。やばい、この状況をなんて説明すべきだろうか……。


「いやー、部長。ちょっとこいつが追いかけたいなんて言うもんだからさぁ」

「ちょっと! 僕のせいにするの!?」


 突然慧悟が芝居かかった仕草と声で部長に変な説明をしたせいで、思いっきりツッコミを入れてしまった。

 慧悟は片目を閉じて話を合わせろと合図をしてくるが、このまま話を進めるとどうやっても誤解しか生まれないような……。

 座っている僕らの前に彼女が立っているのだから、必然的に見上げる形で僕はちらりと視線を向けた。すると当然ながら僕らのやり取りを受けて、彼女は腕を組んでご立腹の様子を見せる。


「あんまりしつこいと警察を呼びますからね。変質者さんたち」


 手には肉まんがあるせいで、なんともシュールな光景だった。

 顔をプイとそむけて、そのまま僕らの前を通り過ぎていく。


「お、お、俺まで同類にされるとは……」


 なぜか慧悟がショックを受けてがっくりと肩を落とした。自分で始めた話なのだからしょうがない。


「今は気にしてる場合じゃないでしょ」

「いや、気にするだろ! ……って、雄馬!」


 早口でその空気を流した僕は、慧悟の言葉を最後まで聞くことなく走り出した。少し先を歩いていく彼女の背を視界に入れ、足を動かす。

 だって、聞こえたんだ。

 ほんの微かに近づいてくる車の音が。

 ここに来るまで走りっぱなしで疲れが蓄積して限界を訴えている足に鞭を打って走り出す。悲鳴を上げているが、それは無理も承知だ。筋肉痛なんて知ったことか。

 今救えるものがあるのなら、僕は喜んでこの身を犠牲にする。

 ああ、この光景は見たことあるな……。

 そんなことを思いながら走り出していた。

 ふらついて倒れてしまいそうになりながらも、依然足は止めなかった。

 彼女の運命を定めてしまった僕が、彼女を諦めるわけにはいかない!!


「待って! トラックが……あぶない!!」


 喉が張り裂けんばかりの大きな声を出して、一瞬でも注意を引くんだ。


「え?」


 予想通り彼女は僕の声に驚いて踏み出そうとした足を止めた。

 ギリギリのところで間に合った僕は彼女の手を自分の方へ引いて、彼女を抱き寄せた。

 そして。

 コンマ一秒の世界で僕らの前を急速に大型のトラックが通り過ぎていく。通り過ぎていったのだ。彼女を巻き込むこともなく、何もなかったように。


「へ? ……あ、ありがとうございます」


 遅れること数秒。どうやら状況を認識した彼女が僕の近くでお礼を口にした。


「僕の方こそ……」


 助けさせてくれて、ありがとう――。


「……?」


 意味が分からないといった表情で、彼女は可愛らしく首をひねった。

 なぜかその仕草がやけに印象に残ってしまった。


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