第一章 遭遇(3)
「国内では見つからず…。
第一階層の空に浮遊する
飛行戦艦というのは、水上でなく空中を進む戦艦のことで、一日に一往復だけ、
飛行戦艦は全て天津国の船籍で、國津船籍の船は一隻もない。理由は至極簡単で、國津国の技術では空中を推進する船を作れないからだ。
気球で上空を浮遊することは國津国の技術でも可能なので、風向きさえ良ければ天津国に漂着することは出来るかもしれないが、おそらくその際、乗組員は全員命を落としている。
各階層の間には、竜や
だから飛行戦艦には、それらの
ちなみに
そして、現時点で、國津国は、第一階層まで飛行到達可能な兵器を保有していない。
それ故に、天津国が行う支援も限られたものとなっていた。
祖先が同じという理由だけで仲良く出来るのなら、人類は皆兄弟なのだから、戦争など起きていないだろう。
「質問してもよろしいでしょうか」
片桐が尋ねると、
「どうして
國津国の首都、
片桐も所属している組織だが(片桐の正式な所属名は陸軍第五師団第十三中隊第二小隊長補佐である。)、この応接間は、首都から50マイルも離れた田舎町にある。
遠野橘が答える。
「…陸軍本部の方にお願いして、…景光で調査していただきました。…その結果、汽船に乗船した天津人がいた…、という報告がなされたのです」
遠野橘は、そこまで言うと、深く息を吐いた。
「…景光からこの舛田までは…、民間の汽船が出ていますよね」
「はい。途中、かなりの数の港によりますが…」
片桐は言い淀む。
景光から出ている汽船は、舛田の港に停留した後、隣町の港で折り返し運転となる。
つまり、舛田は最後から二番目の停留所なのだ。
「景光からだと七日ほどかかるはずです」
「そのようですね。…我々は機関車を利用したので…、二日で到着しましたが…、それでも、体が悲鳴をあげています」
遠野橘は、そう言って苦笑いを浮かべた。
「胸中、お察しします」
片桐が述べる。
舛田に来て十年目が終わろうとしていたが、片桐は一度も汽船に乗船したことがなかった。
軍の仕事で舛田の外に出るときは、遠野橘らと同様、機関車を利用するからだ。
私用の際には汽船を利用することになるはずだが、帰郷すべき故郷はすでになく、縁の深い親類もいない片桐は、私用で舛田の外に出る機会がなかった。
「停泊する港には全て…、我が軍の兵士が派遣されています。…我々は舛田の担当です。ただ…」
遠野橘は困ったように眉根を寄せて、「実を言えば…、我々も菊野様が、こちらにいるとは思っていません。…ここはやはり、遠すぎますから…」
遠野橘はそこまで言うと、
箱は、緑色と肌色が斑に混ざったような不思議な色をしており、ところどころの厚みが違って、薄いところは中身が透けて見えるようだった。
そして、箱であるのに、生き物のような気配を纏っていた。
(あれは何だ…)
遠野橘が両手で慎重に箱の上部を外すと、中から醤油差しの出口のような形をした突起物が現れる。
遠野橘はそれを口に含むと、深呼吸をするように飲み下した。
使い方から察するに薬の類いのようだった。
「…失礼しました」
「お体の具合が悪いのですか」
片桐が尋ねると、遠野橘は力なく笑って、
「…私は地上の環境に慣れるのに、時間がかかるのです。…こちらは、気圧も大気の成分も…、天津とは違いますから」
遠野橘は、胸元へと箱を戻すと話を再開した。
「…菊野さまは、何者かに誘拐されたのだと思います。…やはり、貴族の少女が…、一人で地上にやって来るとは思えませんから」
「誘拐…」
片桐は遠野橘の言葉を繰り返して、
「何か要求されているのですか?」
「いいえ。…どこからも要求はないと…、聞いています。だから、行方不明という事実が発覚するまでに…、一月もかかってしまいました」
「この方に誘拐される原因があるのですか」
「貴族のご令嬢ですから…、身分は高貴ですが…、我々は何も聞かされてはいません…」
遠野橘はそこまで言うと、一つ大きく息を吐いてから、
「…こちらにいらっしゃる可能性は…、低いかもしれませんが…、命令ですから、我々も従わざるを得ません」
「案内して差し上げろ、片桐。お前は舛田が長いんだろう」
遠藤はそう言って、こちらに視線を送った。
「名乗るのが遅くなり申し訳ありません。片桐と申します。よろしくお願いいたします」
軍において上官の命令を拒否するという選択肢はない。戦場でも、不条理な命令に何度も奥歯を噛み締めながら耐えてきたのだ。腑に落ちない点は多々あるが、戦場での特攻命令に比べれば気楽なものだった。
(ただし、案内だけで済めばの話だ)
片桐は、胸中で呟く。
「…ありがとございます。…ほら、君からも御礼を言って」
遠野橘はそう言って、隣の
「…聞こえている」
和泉小槙はそう応えると、片桐の方に視線を向ける。形の良い眉根に皺を寄せ、何か悩んでいる風だった。
和泉小槙はその難しい表情のまま、首を斜めに傾けると、
「生まれつきそうなのか?」
と片桐に尋ねてきた。
その言葉に片桐は息を飲む。
(…どちらのことを指している?)
『気配当て』の方なら良い。中隊の兵士の中にも知っている者がいる。
しかし…もう一つの方だったら?
自問に答えはない。
その答えを知っているのは、和泉小槙だけだ。
(…そのはずだ)
片桐は奥歯を噛み締める。
確信に対峙できないのは、己の弱さ故だ。
片桐は和泉小槙に苛立ちを覚えた。
「…何のことでしょうか」
迷った末、片桐はそう答えた。
「…ふーん」
和泉小槙は意味ありげに相づちを打ってから、
「まぁ、いい。忘れてくれ」
そう言って片桐から視線を外した。
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