第六章 墓標の誓い(2)

「何だと?」

人形ひとがた對源フォンスを見つけたと報告しました」

「どこで!?」

 詰め寄ると、女は顔を歪めて笑った。上品な装いに似つかわしくない下劣な笑みだが、嫌いではなかった。むしろ、こちらの方がこの女には似合っているとも思う。


「まだ諦めておられないので?」

「当然だろう。さっさと答えろ。どこに居るんだ。人形ヒトガタ對源フォンスは」

「地上です。第三階層の、國津国」

「…國津国だと?」

 呟いて一歩後退する。

「あなたにとっては因縁の国ですね」

「…そんなことはない」

 強がりではなく、本心から女の言葉を否定する。

 事実、國津国自体に格別な思い入れがあるわけではない。部下や仲間を失った各地の戦場を思い出す方がよほど感情が揺さぶられる。

 ただ、一方で、その国の名を聞くと何とも言えない感情が沸き起こるのも事実だった。幼い頃に胸に付き立ったままの小さな刺が、いつの間にか体の奥にまで入り込んでしまったような不快感。取り除かなくても致命傷にはならないが、取り除いた方が良いことは明確に分かっている。けれど、様々なことを理由にそれをせずにいた。

(…結局、私も避けていたのか。兄を)


「お墓参りには良い機会かもしれません。まぁ、すんなり事が運ぶとも思えませんけれど」

「裏付けはとれていないのか?」

 眼前の女は一流で、確度の低い情報を流すとは思えない。

 問いかけると、女は眉を寄せて思案顔を作った。

「いいえ。それは一応。ただ、少し後味あとあじの悪い別れ方をしたもので、容易に近づけないかもしれない、という趣旨です。警戒されていると言いますか…」

「どういう意味だ?」

「弾丸と手榴弾をプレゼントしまして」

「アンノウンの二つ名が泣くな」

 嘆息すると女は眉根を寄せた。

「しかし、だからこそ對源であることが判明したのですから、この点は誉めていただきたいですね」

「結果的に幸運だっただけだろう?初見で分からなかったのか」

 女は對精ではないが、對素の感度が平均的な人間よりもかなり高い。本人の話では体内の對素濃度が低いことに起因しているらしく、その特性を見込まれてよく下の階層に派遣されていた。


「聖地で出会ったため、對素濃度が上手く測れなかったのです。最初は對池ラカンかと思ったのですが、頭を吹き飛ばしたのに生きていたらしいので恐らく對源フォンスだろうと…」

「頭に直撃させたのか」

「してるはずです。追われていたので頭蓋が吹き飛ぶところまでは確認できなかったのですが」

「…追われていた?貴官が?」

「お相手は軍人ですから」

「同盟国の兵士と交戦したのか!?」

「だから言ったでしょう。すんなりと事が運ぶとも思えないと」

 女がしれっと返してくる。

「しかし、頭を吹き飛ばすのはやりすぎだろう。下手をしたら開戦だぞ」

「不可抗力ですよ。誰だって、いきなり襲われたら驚いて頭を吹き飛ばしてしまいます」

「襲われたって…」

のでしょうね。そうでなければ老人を背後から蹴り飛ばすのが趣味の変態ということになりますけど…。町民の話では人望者のようでした」

「調べたのか」

「裏付けが必要でしょう?」

 女が口角を上げる。


「しかし大丈夫なのか?帰国して。後をつけられたりしていたら…」

「それについてはご安心を。本人は出会った直後にコナの方へ従軍しましたから、捜索している余裕は無かったかと」

「コナ…。カレニア方面軍か…。確か、開戦直後に協定が結ばれたのだろう?」

「ええ。本人も昨日、生きて戻ったようです。途端に地震の回数も減りました」

「さすが對源というところか」

「本人がどの程度自覚しているか分かりませんけれど」

 付け足すように女が言ってくる。


「それで、場所はどこだ?國津の。いや待て、聖地と言ったな。ということは嗄山さやま名刃杜なはと舛田ますだか…」

「舛田です。御劔みつるぎ要岩かなめいわ

「地震が増えていたのか」

「淵主も活動期に入っていますし、要岩の力も限界が近いのでしょう」

「…それは作戦部も知っている情報なのか」

「佐官は知っているはずです。淵主が興ったときに備えて、部隊編成が起案されているようですし」

「大尉である身が恨めしいな」

 呟いてから、墓石に向かって敬礼をした。

 きびすを返して歩き出す。


「何を考えておられます?」

 女は後ろから訪ねてくる。

 どこか笑いを含んだ語尾。

 答えを分かっていて尋ねていることは容易に知れた。

「その對源フォンスに会ってくる」


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