第十章 要岩(6)
天女のごとき女に手を引かれて空を渡る。
そう言えば聞こえは良いのかもしれないが、現実は片桐に優しくない。
和泉小槙が空気を蹴る度に、片桐の体は
死なない体を持っているからと言って、痛みを感じないわけではない。むしろ致命的な傷を負いながらも死ねないというのは、死ぬよりも辛い場合が多い。
和泉小槙が振り向いて言う。
「だからおぶってやろうと」
「それだけは拒否する‥‥!」
片桐は必死の形相で叫ぶ。
和泉小槙の正体の子細はよく分からないままだったが、中身はともかく姿形は完全に人間の女なのだ。國津男子としておぶさるわけにはいかない。
和泉小槙が足を止める。とたんに弾んでいた片桐の体が落下を始め、和泉小槙にぶら下がるような形に成る。
和泉小槙が顔をしかめる。
「重い…。貴官、どんな筋力量なんだ」
「もう下ろしてください!ずいぶん近づいたでしょう」
片桐は大音声でそう言って、眼下を見下ろした。
十
「しかし、ここでは足場が悪いだろう。地面に」
「大丈夫です。鍛えていますので」
梁木通過で。
「それなら良いが」
彼女は頷くと片桐を近くの広葉樹の幹へと近づけた。
片桐は指先の力を抜くと、彼女もまたそれに応じた。手が離れる。
「では、御武運を」
「善処する」
和泉小槙はそう言うと、大きく足を踏み出し、空気を蹴って凄まじい勢いで淵主の方へと跳んでいった。
彼女の残像がそのまま光の道となり、稲妻のような轟音とともに暗い空に光の筋が走る。
一度刻まれた淵主には、当初ほどの勢いはない。今や淵主は、触腕のような形から、紙切れのようなそれへと変化していた。相変わらず、青い炎のようなものを
しかし、
(…なぜだ?)
片桐は自問する。
淵主の勢いは目に見えて衰えていたが、弱々しい姿をよそに、気配はそこまで衰えていない…、ように思えた。
(殺すわけにはいかないのだろう)
どんなに危険な存在だと憎悪しても、淵主はこの星の土台なのである。死んでしまえば、星そのものがどうなるか予想もつかない。
そもそも、淵主の姿を目視するのも、
伊具栖事災の最後、天津軍がどうやって淵主を鎮めたのか、片桐は知らなかった。それは天津軍の軍事機密の一つで、國津軍の曹長ではとても権限が足りなかった。
しかし、和泉小槙はそうではない。彼女はおそらく伊具栖事災の顛末を知っている。彼女は天津軍の尉官であるし、それに加えて被害者の親族なのである。
事はもう彼女に任せるしかなかった。
歯痒いが仕方がない。次回、同じような思いをしないためには少しずつ精進するしかない。
和泉小槙が淵主に迫る。
彼女は刀を振り抜くと、刃のような形をした巨大な光が和泉小槙から発せられた。淵主の体が細切れになる。
止めを指すのか、と思ったとき、唐突に和泉小槙がこちらを振り返った。
(止めを)
刺したのだろうか?
しかし、和泉小槙は、 必死の形相で何かをさけんでいる。
(げろ?に、げろ?逃げろ)
「まさか…」
徐々に膨らんでいく気配に片桐は顔をしめた。
人間のものではない、強大な気配。
それは淵主の気配だった。
視界の中、切られたはずの淵主の触腕が、いたる所から和泉小槙の背に迫る。
険しい表情でそれを防ぐ彼女の背後で、
二柱目の要岩が爆散した。
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