第十章 要岩(8)

 恥も外聞も無い。


 片桐は指示された通りに和泉小槙の背に乗った。


「重い。貴官、一体何で出来てるんだ」

 和泉小槙が片桐の重量に耐えきれず地面へとしゃがみこんだ。

「降りましょうか」

「馬鹿なことを。今回はこれしか方法がないのでやむを得んが、次回までには一人で飛行出来るようになっておくように」

「無理です」


 片桐の言葉が終わった途端に、和泉小槙の体が光を放ち始める。


 光線が一体どういった性質のものなのか、片桐には分からなかった。淵主の触腕のように溶けてなくなることはなかったが、どうしてか体が熱い。頭痛も感じ始める。

(何だ、こんな時に)

 片桐は顔をしかめた。今は頭痛などに構っている場合ではない。


「行くぞ」

 和泉小槙は言い終わった途端に体が跳ねた。

 彼女は二度、空気を蹴って、淵主の触腕の高さまで跳躍した。


 片桐はやむを得ず和泉小槙の背にしがみつく。荷が体から離れると動きづらくなることは経験から知っていた。

(邪魔になるわけにはいかない)

 和泉小槙にはこの地を救ってもらわなければならないのだ。


 和泉小槙が抜刀し、太刀を降り下ろす。

 最大出力と言っていただけはある。彼女は全ての力を太刀に乗せて放った。


 雷のごとき光が大気を上下に切り裂き、淵主の触腕が両断される。


「もらうぞ」

 和泉小槙はそう言って、和泉小槙の首もと回していた片桐の右腕を口元へと運び、噛みついた。

 全身を駆け巡る激痛を、片桐は奥歯を噛み締めてやり過ごす。


 補給が終了したというのに、和泉小槙は片桐の腕をくわえ込んだまま離さない。


 連続放出すると言う和泉小槙の言葉を思い出し、片桐は両手に力を込めた。


 その直後に和泉小槙は高く跳躍した。

 目には見えない巨大な階段を跳ね上がるように、三度、大気を蹴って淵主の触腕の上に陣取る。


 無いはずの足場に力を込め、太刀を上段に構えた。刀の背が片桐の背に触れる。


 瞬間、彼女は力を放った。

 刃の形をした光が触腕を薙ぐ。

 光は触腕を縦に断ち切ると、霧散して消えた。

 触腕の動きが目に見えて鈍る。

 しかし、和泉小槙は止まらない。

 彼女は自由落下しながらも、片桐の腕から素早く對素を補給している。


 もう何度目になるか分からない補給に、片桐の視界が暗くなり始める。

 貧血を起こしているのか、それとも止まない頭痛のせいか。

(いっそ気絶できたらどんなに楽か)

 全身を駆け巡る激痛に片桐は奥歯を噛み締めた。


 和泉小槙が片桐の腕から口を離す。

「次で終わりだ」


 その言葉が、淵主に対する最後通告だったのか、それとも片桐に対する労いの言葉だったのかは分からなかったが、彼女はそう言って着地した。反動で、片桐が和泉小槙の背から落ちた。這い上がる気力はとうに失せていたので地面に転がったまま、視界に映る和泉小槙を見つめ続けた。


 和泉小槙の気配が増大していく。

 渾身の力でもって、淵主を鎮めるつもりなのだろう。


 彼女は太刀を下段に構えると、勢いよくそれを振るい上げた。

 地上から空へと向けて轟音とともに光が一閃する。


 圧倒的な光量に片桐は思わず目を閉じた。

 瞼を閉じていても、異常な明るさが分かるほどだった。


 やがて、恐る恐る瞼を開いたとき、片桐の視界に映るのは、触腕の残骸と和泉小槙の後ろ姿だった。


 振り返った彼女は笑顔だった。

 その美しさたるや。


「参りましたよ、大尉殿…」

 片桐は呟く。


 あなたについて行きましょう。




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