第一章 遭遇 (2)
男の謝罪を最後に遠藤の追求が止む。
男は、客である自身が頭を下げることにより、遠藤がどう動くか既に理解しているようだった。
賢い男だ、と片桐は客の男を評価した。それと同時に、ほどけかけていた緊張の糸を再度、引き締める。
客の男が続ける。
「私は
遠野橘と名乗った男は、そう言って隣に座る女の方に視線を向けた。
しかし、女は、
「ごめんなさい。…本当に」
しかし、それよりも
(この娘が大尉だと?)
よって、大尉に選別されるのは、経験豊富で優秀な将校でなければならない。
無能な中隊長は存在自体が罪だ。大量殺人を犯した被告人と同程度の罰が必要となるぐらいには。
遠藤とて、
(それに)
と、片桐は思案を続ける。
そもそも、和泉小槙は見た目からして天津人ではなく、しかも女なのである。
片桐は、銀髪に褐色の肌の民族が属する国を知らない。
天津人は、遠野橘のように赤茶色の毛髪が特長的な民族だ。
ちなみに、國津人は黒髪である。元々は、天津人同様に赤茶色の毛髪だったらしいが、地上に降りてから変化したらしい。
ともかく、和泉小槙について、彼女の親の片方が天津人なのか、それとも、彼女本人が天津国に帰化したからなのかは分からなかったが、そういった人物が軍の要職に就いていることも、にわかには信じられなかった。
遠野橘がおらず、かつ、彼女の
「人を…、天津国のご令嬢を探していらっしゃるそうだ」
遠藤が口を開く。丁寧な物言いだったが、不満が見え隠れする声音だった。
「…この人物です」
遠藤の言葉を受けて、遠野橘が
それは、遠野橘の手のひらよりも少し大きな板で、裏面は銀色一色だったが、側面には小さな
遠野橘は、板の表面を指先で二回軽く叩いた。数秒遅れて板の表面から淡い光が発せられ、その中央に少女の姿が浮かび上がった。
それはまるで、
「…立体写真です」
驚きを感じ取ったのか、遠野橘が説明した。
「…近頃は専用の眼鏡がなくても、…きれいに見えるようになりました」
「さすが技術先進国です」
世辞ではなく、事実を述べる。
遠い祖先が同じとはいえ、天津国と國津国の間には百年の格差があると言われている。それは、単純な工業技術についてはもちろん、国民の成熟度に同じことが言えた。
二国の間には、
天津国に従属し、その後ろ楯によってようやく国際的な地位が保証される国。それが国際社会における國津国の位置付けだ。
國津人である片桐にとって、それは決して気持ちの良い話ではなかったが、一方で過度に
国内では、現状の天津頼みの外交を批判し、天國同盟を不当な契約だと糾弾する声もあったが、戦場で天津国の援軍に助けられる場面が多い軍部では、むしろ、天津国との結び付きを一層強めようとしているとさえ聞いている。
写真一つとっても色のない不鮮明なものしか写せない國津国と、今にも喋りだしそうなほどに鮮明で立体的な像を結べる天津国とでは、その技術に天と地との差がある。
国際社会において、同等に扱えと言うのは無理があるだろう。
片桐は、そのうち國津国という国はなくなるのではないかとすら思っている。
片桐は立体写真の少女に視線を落とす。
年の頃、十六、七。均整のとれた顔立ちをしていたが、どことなく無機質で人形のような印象を受ける。普段、むさ苦しい坊主頭の男たち(片桐自身を含む。)ばかりで生活している片桐には、たとえ町ですれ違っても、他の少女と区別できないだろう。
少女は、大きな白い一枚布を体に巻き付けたような服を身に付けていた。
「…
遠野橘が少女の名前らしきものを告げる。
片桐は口を開く。
「申し訳ありません。聞いたことはないと思います」
「いいえ。…一般的に名が通った方ではありませんから、ご存じないのも無理はありません…」
遠野橘はそこまで言うと、差し出していた写真を自らの方へ引き寄せてから、
「…この方は、貴族のご息女なのですが、…一月前から行方が分からないのです」
と言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます