第十章 要岩(5)
かじりつかれた首筋から、全身に激痛が走る。身体中を生きたまま刻まれたときですら感じ得なかったほどの苦痛に顔が苦悶の表情に歪む。
(何を…!)
両手で和泉小槙の体を押し返そうとするが、腕に力は入らない。
十数秒の後、和泉小槙は片桐から離れた。
足に力が入らず、片桐はそのまま糸が切られた糸繰り人形のように力無く地面へと沈む。
平生、感じない自分の体の重さを感じる。起き上がりたいのに、それが出来ないもどかしさ。それは、悪夢を見ていることに気付いているにも関わらず、目覚められない苦しさに似ている。
(人はこうして死ぬのか)
これまで、右腕が吹き飛ばされたときも、顔面に爆弾を投げつけられたときも感じなかった死というものが、自分のすぐ側にあることを悟る。
(俺は…死ねるのか?)
自問しながら、視界の中の和泉小槙を見つめる。
和泉小槙が太刀を脇に挟んでしゃがみこむ。彼女は膝に肘を乗せて頬杖をつくと、こちらを見下ろし、
「いーち、にー、さーん、よーん、ごー、ろーく、な」
「な、んのつもりだ」
苛立ち、語気を荒めて顔を上げた。
和泉小槙は驚いたように目を見開いた後、破顔した。
「八秒!」
「だから、何のこと…」
言いながら片桐は気づく。
隣にあったはずの死がいつの間にか遠ざかっている感覚に。
(やはり死ねないか)
片桐は嘆息して立ち上がると、衣服に付いた土を払った。
視線を感じて見やれば、遠野橘が驚いたような表情でこちらを見ている。
「これで絶命しないなんて、本物なのですね…」
「だから、何が」
起きているのか、という質問を発さなかったのは、眼前の和泉小槙の気配が元の強大なそれに戻っていたからだった。
(俺のを奪ったのか…?)
それに気づいてようやく、片桐は先程の和泉小槙の喜びに気づく。
戦争において、物資の補給方法は最重要事項の一つだ。どんなに強力な火力を持つ兵器であっても、弾が補てんされなければ、
尽きることはない可動式の弾丸。
和泉小槙を銃剣に、自身をその弾に置き換えて認識すると、和泉小牧の喜びも実感できるというものだった。
(なるほど。確かに便利だ)
「じゃあ、行くぞ」
まるで
「わ、たしも行くのですか」
「戻ってくるのが手間だからな」
「しかし、私は空を歩くことが出来ません」
一体、自分は何を口走っているのか。
そんな事を思いながらも、片桐は真実を告げる。
「分かっている。だから、ほら。手を貸すと言っているだろう」
「手だけ握っていても無理ですよね。ぶら下がるって…。
「おぶってやっても良いが?」
「…どうかそれだけは勘弁を…」
断腸の思いで片桐は和泉小槙の手を取った。
彼女は強く片桐の手を握ると、地面を蹴って跳躍した。
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