短編1(3)


 竜を飼育するのに許可は不要だ。捕獲してはいけないという法もない。そもそも獰猛な上に大きく育ち、寿命も長いので、飼育には向いていない。普通の人間は捕獲することすらできないだろう。


(では、普通じゃない場合は?)


 和泉小槙大尉は、對精トルトニスという種類の生物だ。竜と人間の混血種族で、我が国では生物兵器として認識されている。


「どんな竜なのです?大きさは?」

 對源フォンス様が聞く。

「そんなに巨大ではないぞ。私より少し大きいぐらいで」

 和泉小槙大尉はそう言って、自分の頭の上に手の平を上げた。


「父が存命の頃、戦地から連れ帰ったのだ。可愛い奴でな。兄弟のように共に育った。名を茶々々丸ちゃちゃちゃまるという」

 多いな、ちゃ


「よほど茶色なんでしょうね」

 對源様はそう呟いた後、

「人間を襲ったことは?」

勿論もちろんないが、可能性は危惧している。空腹のあまり飼育部屋を破壊して脱走するかもしれないし…」

「駄目じゃないですか」

 對源様が和泉小槙大尉を断罪する。

「分かっている。だから、早く帰らなければならんのだ」

 和泉小槙大尉はそう言って、唇を尖らせて見せる。


「先に一度、大尉だけ帰国されてはいかがですか?」

 私は和泉小槙大尉に進言する。

茶々々丸ちゃちゃちゃまるの様子を見て戻ってくれば良いのか?」

「そうです。気になるのでしょう?」


「戻ってくる意味がないでしょう」

 呆れた表情で對源さまが言う。

「私が後から行けば良いだけのこと」

「そういう訳にはいかん」

「逃げませんよ」

「そうではなくて、もっと単純に危険だからだ。護衛艦一隻でこの船を守りきれるという保障はない。片桐は自分のことがあまり分かっていないからな…。竜にとって己がどれ程の存在なのか。場合によっては群れで襲われる可能性すらあるのだぞ。いざとなったときに、對精トルトニスがいなければどうなるか」

「え、こわ…」

 私は、竜の群れに襲われる母艦のことを想像して震える。

 やっぱり、對源様は先に和泉小槙大尉と一緒に帰ってくれないかな。


「そもそも、片桐はなぜ私と二人で帰国することを嫌がるのだ?」

「それはですね…」

 對源さまは、それからしばらく押し黙った後、

「黙秘します」

「かたぎりー」

 和泉小槙大尉が項垂うなだれる。


 貝のように沈黙した對源を前に、私は和泉小槙大尉に耳打ちする。

「思うのですが」

「うん」

 和泉小槙大尉が顔を寄せる。こちらも良い香り。


「単に恥ずかしいのではないですか?人前で女性に、その、くっつくのは…」

「恥ずかしい?」

「人によっては、人前でイチャつくのを良しとしないかたもいらっしゃるし…」

「マッハだぞ?」

 驚いたような表情で和泉小槙大尉が言うだ。

「貴官は、亜音速飛行しながらイチャつけるというのか?」

「いや、私は無理ですよ。ほら、でも對精トルトニスかたのそういうことは、一般国民には分からないと言いますか…」

「『イチャついてません』と書かれたたすきを掛けて飛べと?」

「いや、それは本部に苦情の電話が殺到するので止めた方が良いかと」

 それに誰が作るんだろう。そのたすき…。

「私かな」

たすきか…。それで解決するのならもうそれで良いか…」


 そんな私たちのやり取りを余所に、ふと、對源様が窓の外に視線を投げた。数秒送れて和泉小槙大尉が對源様の視線を追う。私も同じように二人の視線の先を見つめてみるけれど、薄汚れた小さな窓の外には、ただの平原が広がっているだけで、特別な何かは見当たらない。

 私はもう一度和泉小槙大尉の横顔に視線を戻した。どういうわけか、和泉小槙大尉の瞳は、喜びの色に染まっている。


「片桐!」

 嬉しそうに和泉小槙大尉が對源様の方に視線を戻し、その名を呼ぶ。

 對源様は顔を歪めて、

「嫌です。どさくさに紛れて天津まで飛ぶつもりでしょう?」

「分かっているのなら話が早い。出るぞ!」


「何のお話をされているのですか?」

 私は二人に尋ねる。

 困惑の私を置いて、和泉小槙大尉が上機嫌で言う。


「作戦名が決まったぞ。稲守少尉」

「作戦名?」

 私は和泉小槙大尉の言葉を繰り返す。

 彼女は「ああ」と頷き、

「どさくさに紛れて天津に帰ろう作戦だ!」

「すみません。ちょっと何を仰ってるか分からないのですが」

「…すぐに分かるよ」

 そう言ったのは對源様だった。

 彼は、どういうわけか疲れたような表情で、だけど、どこか子供に言い聞かせるような柔らかな声音で、

「迷惑をかけてすまないが、上の人に叱られるようなことがあったら、『何も知らない』で通せばいい。悪いのは全て和泉小槙大尉だから」

「え?」


「片桐!もたもたしてると船ごとやられる」

「分かりましたよ。大尉殿」

 そして、對源様は、和泉小槙大尉に言った。


「布でお願いします」




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