短編1(4)

 それから四十分後の艦長室。


 執務机を挟んで私の前にいるのは、和泉小槙大尉でも對源様でもなく、青い顔をした艦長だった。いつもは穏和な雰囲気の艦長が、珍しく切羽詰まった様子で私に訊いてくる。


、對源殿と和泉小槙大尉の行方が分からないのだが、何か知っていることはないか」

「い、いいえ。私は何も…」

 私はそう言って、首を左右に振った。

 けれど艦長は諦めてはくれなかった。彼は次いで、

「直前に、君と和泉小槙大尉が一緒に歩いているのを見たという人物がいるんだが…」

「一緒にはいました。天津への帰還時期について和泉小槙大尉と話をしていましたから…。ただ、それも竜の出現により話が中断したままで」

「帰還について?」

「大尉は護衛艦の到着まで時間がかかることを憂いておられました」

「勝手に帰国したと言うのか?」


 そう言ったのは、艦長ではない。

 聞いた瞬間、私の胃がきゅっと縮まる。それは副艦長の声だ。


 艦長と副艦長。私は艦長室において、この戦艦のツートップから、和泉小槙大尉と對源様の行方について尋問を受けている。


「なぜ止めなかった?」

 副艦長はすでに二人が帰国したものと決めつけているようだった。一歩私に詰め寄ると、

「全て説明したのか?」

「それは、しましたけど…」

「では、何故行方不明なんてことになるんだ。對源フォンス對精トルトニスだぞ。我が軍において、どれほど貴重な戦力となるか分かっているのか」

「でも、まさか、本当に飛んで帰国するだなんて思ってもみなくて」

「それをするのが和泉小槙だろうが」

「それが分かっているのなら、君が和泉小槙大尉に直接説明すべきだったな」

 艦長が副艦長に言う。


「…申し訳ありません」

 副艦長は素直に頭を下げた。

 珍しい、と思う反面、二人の失踪(帰国しているはずだが。)が、それぐらい大事おおごとなのだと悟る。


「…私たちだけでは手に余る。本部に報告しよう」

 艦長はそう言って、机上の無線を引き寄せた。無線は数秒で繋がったらしく、艦長が話を始める。数人の取り次ぎの後、無線に出たのは艦長よりも階級が上の将校だったらしい。 途中から、艦長は見えない相手に対して頭を下げてばかりだった。


「大変申し訳ありませんでした」

 何度目になるか分からない謝罪の言葉で締めて、艦長は通信を終えた。


 部屋がしん、と静まり返る。


「どうでした?」

 沈黙に耐えきれず、私は尋ねる。

「見つかったよ。帰国していた。おそらく和泉小槙大尉だろうと…」

「良かった…」

 私は安堵して息を吐く。

 

「見付かったのは良かったんだが…」

「何があったのです?」

 艦長の違和感を感じ取ったのか、副艦長が尋ねる。


 艦長は「うん…」と小さく呟いた後、

「エイブラムスが誤作動したらしい。…丁度、 実射実験の最中さなかだったようだ」

「あー…」

 副艦長が項垂れ、頭を抱える。

 エイブラムスというのは、天津軍のミサイル迎撃システムの名称だ。西部戦線のことがあったから、近く本格起動させるという話が出ていたけれど、実射実験の日が今日だったなんて。

 何て間の悪い…。


「死者は?怪我人は出たのですか?」

 副艦長が尋ねる。

「幸いにも今のところ確認されていない…。これからも、まぁ、出ないだろう。ミサイルは、全て成層圏で霧散したとのことだから…」

「成層圏で…」

 私はごくりと唾を飲み込む。思い出したのは、紐だの縄だの騒いでいる和泉小槙大尉の姿だった。無邪気な様子に忘れていたが、彼女は本当に私たち人間とは別次元の生き物なのだ。


 確か、年齢は同じくらいのはずだけど。



「…我が軍の弱点が露呈したことは情けない話ですが、被害者がいないのは幸いでした」

「損害は2億らしいがね」

「2億……!」

 副艦長が項垂れる。

 彼はそのままよろよろと部屋の入り口まで進むと、艦長室を去った。ばたん、と大きな音がして扉が閉まる。


 取り残された形になり、私は緊張する。

 この船に配属されてから、艦長と二人きりになるのは、初めてだった。


「…申し訳ありません。私がちゃんと説得出来なかったから」

 私は艦長に頭を下げた。

「仕方ない。タイミングが悪かった。君も…おそらくは、和泉小槙大尉も、エイブラムスの実射実験のことを知らなかっただろうから…。情報を管理する側にも問題があった。だから、もう気にしなくて良い」

「…ありがとうございます」

「直接話をしてみて、どう感じた?」

「え?あ、對源フォンス様のことですか」

 私が尋ねると、艦長はゆっくりとうなづいて、

「率直な感想を聞かせてくれ。私も直接話をしてみたが、どうも対応が固くてな。敬礼の後、休めの格好のまま微動だにしなかった。彼は骨の髄まで軍人だな」

「そうですね…」

 私はざっと記憶を探ってから、思ったままを正直に口にする。

「優しくて、良識のある…、その、ゴリラ…といったところでしょうか」

「そうか。では良い男ということか」

「…ゴリラはマイナスにならないのですか?」

「なるはずがない」

 艦長は断言する。次いで、

「軍属の男にとって、ゴリラは褒め言葉以外の何ものでもない」

「はぁ…」

 そんなものだろうか。

 確かにゴリラっぽい人が多い気はするけど。ひょっとして、皆、ゴリラを目指しているのだろうか。


 そこから二、三言葉を交わした後、艦長は私を解放した。

「失礼いたしました」

 私は敬礼をして、艦長室から出る。


 廊下を進み、甲板へ出ると、気持ちの良い風が吹いていた。その風に導かれるように空を見上げると、うっすらと第一階層にある浮島大陸の、母国の底が見えた。


 その上で起きているであろう事件を思い、無責任にも私は呟く。今回の一番の被害者に宛てて。


對源フォンス様、ガンバ…」


 呟きは風にさらわれ、すぐに行ってしまった。


(完)

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