第二部 第三章 マギアト 共和国3
物心ついたときから、ずっと
己を取り巻く世界はいつも腐臭に満ちていて、呼吸をするだけで気分が悪くなる。
思うに、世界の方が壊れているのだ。けれど、だからと言って、この世界を捨てる訳にはいかない。
胸くそ悪い話だが、己にはここしか住処がないのだ。
汚染された池に棲む魚と同じだ。汚物が浮かぶ水面を眺めて死ぬまで生きるだけ。
ただ、それだけ。
それだけ、だった。
―――――――――――――――――
三月の第三水曜日
午前五時二分
マギアト駐留軍、第八管制室
「キリがねぇな」
大きく舌打ちをしてから、向かってくる四足歩行の地雷に向かって光を放つ。地雷は大きく震えた後、足を折ってその場へと崩れ落ちた。
駐留基地全体を見回して見えるのは、敵ばかりで、味方の姿はない。応戦の準備さえできぬまま強襲を受けた現状において、早々に撤退へと態勢を切り替えたのは、やむを得ないことだった。
(英断だな)
皮肉げに呟くと、自然と口角が上がった。
こちらの姿を捉えたのだろう、空から敵機が滝のように流れ落ちてくる。
鷺宮は深く息を吸う。
第三帝国の奇襲を受けた。
最新鋭の索敵装置は機能せず、最重要拠点だった基地は今まさに敵の手に落ちようとしている。味方は後方へ退き、今や戦場に立つのは己ただ一人。
腹の底に溜まっていた汚泥をぶち撒けるには、絶好の好機だった。
自然と笑みが
鷺宮は外套を脱ぎ捨て、体内の光極炉を解放した。
露出した両腕の、二十ある放出穴が開き、体から光が立ち昇り始める。
無数の敵が迫る。
鷺宮は目を見開き、力を放った。
高密度のエネルギー体が、帯のように地面から空へと向けて走る。
敵機の焼け爆ぜる音が、基地の上空にこだまする。
「ははっ!!」
鷺宮は嘲笑しながら、
「おっせえんだよ!来んのが!ストレスで死ぬかと思ったろーが!!!」
続けざまに3発目を放つと、群れの奥から、盆に棒を装着したような、象の頭のような形をした銀色の敵機が現れる。
「お前が
言い放ち、それに向かって4発目を放つ。鈍い残響音が響く中、衝突した光が霧のように霧散し、それが墜落し始めないことを悟ると、自然と口から感嘆の声が漏れた。
「少しは楽しませてくれよ」
鷺宮が戦場に求めるのは娯楽性だ。機械兵器が主たる第三帝国との戦闘においては、それがより顕著なものとなる。鷺宮の全力の一撃を迎え撃つ、又は、気の利いた技でそれを避けることができる性能を持った好敵手。鷺宮は戦場でそれを探している。要は憂さ晴らしだ。彼にとって戦争は、その程度の存在でしかない。
「天津じゃあ制限かけられてっからな。国が墜ちるとかでよ」
だから鷺宮は、マギアト行きを志願した。
天津本土の国防能力の低下が懸念されるという理由で、一部の派閥から抵抗を受け、実際に配置されるまでに半年以上かかった。
連れてくる予定だった部下の一人が失踪したことだけが、想定外の出来事だったが、それ以外は概ね鷺宮の予定通りにことが進んだ。
(くだらねぇ)
胸中で吐き捨て、鷺宮が両腕の放出孔を全開にする。久しぶりの感覚は彼を満足させた。
「耐えろよ」
両手のひらを組み合わせ、敵機へと付き出すと、力を溜めて―ある種の懇願を織り交ぜながら、祈るよう心持ちで―力を放つ。
瞬間、空に光が満ちる。音はいつでも遅延している。全てが終わった後で、ただ派手に鳴り響くのみ。鷺宮にとって、それは、いつしか戦闘終了の合図となっていた。
空に浮かんだまま、鷺宮は地上を眺め下ろした。
内心で、敵の反撃を待ち望みながら。
鷺宮から敵機に至るまでの範囲の、基地施設は消し飛び、跡形もなかった。顔を上げて遠くに視線を向ければ、駐留基地のうち、半分近くが全半壊しており、滑走路の一部がその土台である大陸ごと消失していた。
方向からして、味方が逃げた込んだ辺りは無事であるはずだ。
いつまでもやってこない反撃に、鷺宮は嘆息した。
「…クソが」
失意に支配されながら、敵機の方に視線をやれば、その腹に穴が空いているのが知れた。何かを放出しようとして、
案の定、直後に体勢を崩し、落下を始める。
鷺宮は、ただぼんやりとそれを視界に写していた。小さくなっていった敵機は、やがて地面に衝突して屑と成った。
鷺宮の口の端も下がる。
階級大佐
序列一位
発動回数『無制限』
最強の二つ名を欲しいままに生きる彼は―、戦場のただ中にあってすら、生の実感を満足に味わえない。
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