第五章 夜道(2)

 「…!」

 片桐は答えない。

 彼は、和泉小槙の言葉に衝撃を受けている。


 どうしてそれを知っている?

 すでにを究明しているのか?

 では、俺は?

 はどこまで分かっている?


 浮かんでは消える疑問に、片桐は奥歯を噛み締めた。

 沈黙は肯定に取られるだろうが、現在、片桐が取れる最善は沈黙それより無かった。脳内は混乱しており、記憶と感情が混ざりあって言葉にならない。


 実を言えば、片桐にとって不死であること自体は問題ではない。


 生きているだけで他人に迷惑をかけるような年齢は過ぎていたし、曹長という地位にもある。退役後の生活についてはまだ考えが及ばないが、選り好みをしなければ何らかの職に就くことは可能だろう。そもそも、恩給も受給出来るので、退役後、食うに困る心配はない。


 軍人であるという仕事上、決して負に働く機能でもない。むしろ、死なないのだから兵士としては、有り難い能力であるとさえ思っていた。



 片桐が恐れているのは、不死そのものではなく、不死の原因だった。

 すなわち、どうして死なないのか、つまり原因と、それにより起きた事柄の責任を糾弾されることを恐れている。



 片桐が、初めて自分が不死者ではないか、と意識したのは、十一年前の戦場だった。

 荒い砂の舞う第三階層の国で、目と喉が痛かったことを覚えている。


 仲間を庇って、胸を散弾で撃ち抜かれた瞬間、死を覚悟した。

 実際、感じたことのないほどの激痛が頭から爪先まで走った。同時に、それまで視界に居た仲間の体が歪み、あっという間に視界から消えた。後から思えば、単に自分が地面に倒れ込んだけのことだったが、当時の片桐にとってはそれもまた死への一過程だと勘違いするほどの衝撃と激痛だった。


 しかし、痛みは一瞬で引いた。

 だから、片桐は自身が即死したのだと思った。


 けれど、視界に映る景色はいつまで経っても砂ぼこりの舞う戦場のままで、耳に届くのはラッパ号音と兵士の悲鳴ばかりで、いつまで経っても死を実感できずにいた。


 死んでもこんなにやかましいものなのか、とぼんやりと思いながら体を起こすと、背後から上官に蹴り倒された。


 叫ばれた言葉は今も耳に残っている。


「死にたいのか、片桐!」


 そうして、片桐は自身が死んでいないことに気付いた。


 すぐに勘違いだと思った。つまり、実際は撃たれてはいなかったのだと。

 しかし、身に付けていた軍装の胸部は、散弾で撃たれたような穴が空き、地肌が露出していた。


 片桐は困惑した。

 他人に確認しようとして、口をつぐんだ。

 自分の生死が確認できないなんて、愚かにもほどがある。そう思ったからだった。


 もたもたしていると、上官の悲鳴が上がった。振り返ると、血まみれの上官が倒れていた。


 そこから先は無我夢中で上官を担いで、前線から後方の兵站へいたんまで駆けた。

 途中、何度か背後から攻撃を受け、腕も吹き飛んだ気がしたが、片桐は止まることなく走り抜けた。


 兵站に到着したとき、上官の体は、のような有り様で、絶命しているのは明らかだった。

 一方で自分の軍装も、あちこち破れていて、上半身はほとんど何も身に付けていないような格好だった。

 ただ、その下の皮膚からは出血などないものだから、裸の男が、ぼろ布を巻き付けているような不思議な格好になっていた。


 こうして、何度か前線において同じようなことを繰り返しているうちに、片桐は自身が不死者なのかもしれないと思うに至った。


 他人に伝えたことはない。

 滑稽すぎて伝えられなかったし、死と隣り合わせの同僚達には冗談としても言い出せなかった。



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