第二部 第五章 第三階層 國津国 葛太南島3
「な、な―何を」
「黙ってろ」
飛行少年は不機嫌そうにそれだけ言うと、空いている右手を掲げた。
雪歩は、先ほどの出来事を思い出す。
「ま、待って!殺さ」
ないで。
その言葉が発せられるよりも早く、飛行少年は右腕を、そのまとった光ごと振り下ろした。
雷が地上へ落ちたときのように大気が揺れ、恐ろしいほどの音が雪歩の体を揺らす。
恐る恐る地上へと視線を向けると、地上にいた独立軍の人間は、一人残らず、地面に付しているのが見えた。
頭からつま先まで、悪寒が走ったのが分かった。
のどが張り付いて、うまく声が出せない。
恐る恐る顔を上げると、飛行少年と視線があった。
「こ…殺したの…みんなを…」
かすれた声で尋ねると、飛行少年は不機嫌そうに半眼を作った。視線を逸らしながら言ってくる。
「お前らだって、殺してんだろ」
「それは…、第八聯隊の人たちが、私たちを追い出そうとするから、仕方がなくて」
「仕方なくで、同胞に毒を盛ったりするのか、お前らは」
「毒…?」
「…知らないのか。まあ、
自分だって子供のくせに、という一言を飲み込み、雪歩は、飛行少年に問いかける。
「毒って…どういうこと。毒を使って…何か、したの?」
「説明してやる義理はねぇ。それに…、俺はそもそも殺してねぇ」
「え?」
雪歩は勢いよく地上へと視線を戻した。
目を凝らすと、独立軍の面々は苦し気な表情をしていたが、力無く口を開いたり、腕を動かしているのが見える。
「あ、ほ、本当だ。良かった」
雪歩は、ほっと安堵の息を吐く。飛行少年の方に視線を戻すと、彼は驚いたような表情を作っていた。
「見えるのか?」
「あ、うん。目は良いの。…それより、毒っていうのは」
「あー…」
飛行人間は雪歩から視線を外しながら、
「もう良いだろう、どうでも。俺らが来たから内戦も
「…天津?」
雪歩は一度、飛行人間の言葉を繰り返してから、
「…あなたは天津の人なの?」
「まあ、所属はそうだな」
「そんな…。じゃあ、私たちは追い出されるの?どこに行ったら…いいの…」
雪歩は消え入りそうな声で言う。
「お前らに選ぶ自由なんかねぇだろ」
飛行少年の声色が下がる。
「え?」
発言の趣旨が理解できず、雪歩は眉根を寄せた。不穏な出来事が起こる気配が、背後からやってくる。
「お前らは全員、何らかの罪で投獄される。罪名は何だろうな。国家反逆罪とかか…」
「え、な、何で…?さっきの毒の話なの」
「それだけじゃねぇだろう。そもそも、出ていけって言ってんのに、国の命令に背いて武力を使って居座ってんだろ、お前ら」
「だって、ここは私たちの故郷なんだよ?」
「だから何だ」
「え?」
「それが親の押し売りか。お前程度のガキが故郷も何もねぇだろう。これから何年生きると思ってんだ」
「それは…、そうかもしれないけど、だけど」
「お前はガキだから逮捕まではされねぇだろ。親の方は、まあ無理だろうが」
「親…はもういない」
「あっそ。じゃあ別にいいじゃねぇか」
「良いって、何が?」
「ガキで助かったなってこと。少なくとも逮捕はされねぇだろ?國津の法なんかしらんけど」
「でも行き先なんて…」
「親戚ぐらいいるだろう?じいさんやらばあさんやら」
「誰にも会ったことない…」
「あっそ」
飛行人間はこの話題に興味がなかったのだろう、つっけんどんにそう言うと、それきり黙り込んだ。
(一応、叔父さんがいるけど…)
けれど、おそらく彼も逮捕されてしまうのだろう。
それに、父の遺品を取り返した今、彼と共にいる理由はない。
(どうしよう…)
行く宛もなく一人生きていくのは、とても難しいことのように思えた。そして、とても寂しいことのようにも。
(お父さん、何で死んじゃったの…)
思うが、本心から父を責める気持ちも沸かない。死んでしまった人間はこんな時ですら空虚な存在だ。
「良かった、見つけた!」
唐突に声が聞こえる。
視界を探れば、飛行少年の背後から、もう一人、似たような姿の飛行人間が飛んでくるのが見えた。
大人で、飛行少年と比べてだいぶ背が高かった。
飛行人間は飛行少年の隣に並ぶと、彼に向かって不満を述べた。
「先行しすぎるなって言われただろう。小言を言われる俺の身にもなってくれよ」
「おっせぇんだよ、お前。出し惜しみしてんじゃねぇよ」
はっと鼻をならして飛行少年が言う。
「君だって制限かかってるだろ。もう…守りなよ。初陣で嬉しいのは分かるけどさ…。もう、まあいいや。まだ手は出してない…、出してんじゃん!」
地上を眺めて大人の飛行人間が言う。彼は両手で頭を抱えるような格好をしてから、
「殺しちゃ駄目だって言われただろう!?同盟国なんだよ。分かってる?」
「殺してねぇ!どいつもこいつも、うるせえな」
「どいつもこいつもって…、何、抱えてんの、それ…」
「…反乱軍の孤児」
「…へぇ」
自分のことに話題が移ったことは分かったが、挨拶をするのもおかしな気がして、雪歩は視線だけを新たな飛行人間へと向けた。
二番目に現れた飛行人間は、子供の飛行人間と同様に薄っすらと光を纏っていた。優しそうな目元をした大人の飛行人間は、無遠慮に雪歩を眺めた後、ぽつりと呟いた。
「…早すぎると思うんだけど」
「…多い方が良いんだろうが」
短く飛行少年が返す。
「それはそうかもしれないけど…。君、まだ6歳だよね」
「…だから何だ」
「僕の兄さんだって、初めてゴタイシュクを連れてきたのは、十歳を超えていたよ。まぁ、候補に過ぎなかったけど…」
「あんなのと比べんな」
不機嫌そうに飛行少年が応える。
「いや…。それにその子だって親御さんとか…、ああ、孤児と言ったか…」
飛行人間はしばらくの間、ぶつぶつと独り言を呟いた後、
「…もう良いや。面倒くさいし。ねぇ、君」
そう言って飛行人間は雪歩に顔を近付ける。
「あ、わ、はい…」
「君は天津に来ることになるんだけど、分かってるのかな」
「え、な、何でですか?嫌です」
「…嫌だって言ってるよ」
飛行人間が飛行少年に言う。
「…お前に選ぶ権利はねぇ。捕虜だかんな」
「ホリョ…?」
「敵に捕まった兵士のことだよ。戦争で交渉の材料なんかに使われたりするんだけど…、分からないかな」
「わ、私、兵士じゃありません」
「銃火器抱えて何言ってやがる」
飛行少年が舌打ちをする。
「ち、違うの、これはお父さんの形見で、叔父さんが」
「お前に選ぶ権利はねぇって言っただろ?」
飛行少年はそこまで言うと、眉間に皺を寄せて、しかし、口の端は持ち上げるという不自然な笑顔を作って見せてから、
「ようこそ、天津へ」
そう言った。
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