第二章 探索(1)

 國津国くにつこくの歴史書の一つに、國津神皇記くにつじんこうきという書物がある。


 最古の歴史書の一つであるが、そこには、星の土台となる核は、大国淵主おおくにのふちぬしという名の巨大な生物であり、土や海は、胎児のように丸まったその背に、うっすらと張り付いているに過ぎないという事実が記載されている。


 古代の人間が、どのようにしてその真実を知り得たのかは未だに明らかになっていないが、國津国の幼年学校では、自分の名を書けるようになった後、この歴史書について学ぶ。


 國津神皇記によって学ぶのはこの星の成り立ちだ。幼年学校の生徒は、自分の命を守る訓練の一環として、この歴史書について学ぶのである。


 すなわち、國津神皇記に記載されている事柄ことがらは、おとぎ話や訓示の類いではなく、この星の真実であるから、有事の際には速やかに命を守る行動をせよ、と教わるのである。


 片桐もかつてそう習った。

 その時の感情を片桐は今でも鮮明に覚えている。


 ひょっとしたら、今、この瞬間に、淵主なる生き物が寝返りでも打とうものなら、この星は微塵に砕けてなくなってしまうかもしれない。


 不動であると信じてきた大地は、ただの巨大な生物の背でしかなく、全ての生き物は獣に寄生する蚤のような存在に過ぎず、淵主なるたった一匹の生き物の寝相ねぞう次第では、いつ滅んでもおかしくはないのだ。


 幼かった片桐は、真実を突きつけられ、恐れおののいた。


 当然、その感情は顔に現れていたのだろう。

 愕然がくぜんとしていたであろう幼い片桐に、教師が慌てた様子で説明を加えたことも覚えている。

「安心したまえ。大丈夫だ。天星高津神あまほしのたかつかみ様が守ってくれているから」と。


 天星高津神あまほしのたかつかみ

 それが、淵主を縛り付けている力の名前だ。

 神の名を冠していたが、片桐の知る限り、現人神のような形で存在していたわけではない。


 それは、自然の姿で人々と共にあった。

 國津国内には、そうした場所は、、八ヶ所あり、総じて國津八聖地くにつはっせいちと呼ばれている。


 御劔みつるぎ要岩かなめいわもその八聖地の一つであった。

 そして、それが存在するために、人口二千人程度の田舎町である舛田ますだにも中隊が置かれていた。



 三月の第三火曜日、午前七時四十五分


 薄暗い春の空の下、まだ冬の冷たさが残る風が吹いていく。

 足元を見下ろせば、散った桜の花びらが土と混ざって、雨も降っていないというのに、桃色の泥のようになっていた。



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