第二章 探索(2)


 往来に人の姿は少なく、道を挟んだ向かいの平地には畑が広がっている。 とは言え、季節柄、作物が青々と繁っているわけではない。土の上では野菜の苗が、頼りなく風に揺られているだけだ。


(収穫まで至ると良いが…)


 先日、苗を植えていた老夫婦の姿を思い出しながら、片桐は軍帽を目深にかぶり直した。


 片桐が身に付けているのは、軍帽、雑嚢ざつのうそれに銃剣だった。

 雑嚢には水筒や筆記用具を収めており、片桐はそれを肩から斜めに掛けていた。


 平時の外出時として、内務規定により定められた装備だ。斜めがけ鞄である雑嚢は、ひどく邪魔な存在であったが、外国人の将校の手前、規定違反を犯すことも出来ないのでやむを得ない。


 片桐が立っているのは営門の外だ。

 二間にけんほど離れた営門の脇には、衛兵が荒天時に利用する見張り小屋もあったが、中に衛兵の姿はない。

 衛兵は衛門の内側にある衛兵所につめている。



 近づいてくる人外の気配に顔をあげれば、背の高い二人組が歩いてくるのが見えた。

 昨日と同じ揃いの外套に身を包んでいるのは、遠野橘とおのたちばな和泉小槙いずみこまきである。


 和泉小槙が先頭で、遠野橘はその後ろをよろよろと歩いている。体調不良は相変わらずらしい。


 やはり迎えに行った方がよかったのではないだろうか、と思いながらも、片桐は先に到着した和泉小槙に敬礼した。

「おはようございます」

「ああ」

 和泉小槙は素っ気なくそう言うと、片桐から少し離れたところで足を止め、今やって来た道を降り返った。


 銀髪が風になびく。

 生憎の暗い空の下、陽光に輝くことこそなかったが、それでも背中まで伸びた毛髪が、絹糸のように滑らかなのは明らかだった。


 和泉小槙は、今日も腰に巻いた皮のベルトから軍刀を下げていた。

 近くで見ると、柄の部分と鞘に豪奢な装飾が施されているのが分かる。

 幅も太く柄も長い大太刀で、女性である和泉小槙には、使い勝手が悪そうな代物に見えた。


「最近、貴国は南方海域へ遠征したと聞いたが」

 遠野橘に視線を止めたまま、和泉小槙が口を開く。

 会話を求められていることにいささか驚きながらも片桐は応えた。

 

「一月末からコナ海国のカレニア方面軍に随行していました」

「そうか。大変だったな」

「…はい」

 実際、大変の一言では片付けられない戦線だったが、和泉小槙の言葉に、片桐は素直に応じた。


 その戦線において、片桐は一緒に従軍した第十三中隊の仲間の兵士を失ったのである。その中には、直属の上官だった若い少尉も遠藤の前任者である中隊長も含まれていた。


 カレニア戦線は、開戦の十日後に停戦条約の締結に入ったため、おおやけには引き分けという形で一端の終結を見たが、実質は、多数の死者を出した國津国くにつこくの敗戦であった。


 片桐も捕虜となっていてもおかしくない状況だったが、停戦条約が締結されたため何とか撤退できたにすぎない。


 ちなみに停戦条約が締結できたのは天津国の口添えがあったからだ。そういう意味では、和泉小槙いずみこまきに感謝すべきなのかも知れなかったが、片桐は素直に感謝の言葉を伝える気になれなかった。


 もうあと少しだけ、早く停戦していたら…、と自分の無能を棚に上げ、そんなことを思ってしまう。



 要岩かなめいわの監視と守護が基本となる第一小隊に対して、第二小隊は、その作戦地域が舛田ますだに限られていない。


 それは中隊設置当初からの決まり事で、舛田の外に出兵する小隊は、いつも第二小隊だった。


 つまり、要岩の守護と警備だけならば 第一小隊だけで足りるのであるが、それでは、中隊としてあまりに小規模になってしまうため、他の仕事にも従事可能な小隊をもう一つ別に備えておこう、ということで設置されたのが第二小隊なのである。


 そのため作戦の際には、第二小隊の兵から順に出兵することになる。


 今回も、第二小隊の約半数がカレ二ア方面軍に従軍した。


 遠藤の前任の中隊長は、無理を言えば舛田に留まっておくことも出来たはずだが、戦地に向かう決断をした。


 それは、国土が大地に接している第三階層の國津国にとって、他国の、もっといえば他の階層の領土を手に入れることが、喫緊きっきんの課題であるからだ。


 コナ海国も國津国と同じ第三階層の国であったが、國津国と大きく異なる点があった。


 それは、山脈で第二階層と繋がっているという地形だ。飛行技術を持たない国でも、この国を手に入れれば、上層の階層へ行く手段を得ることになる。

 だから、第三階層の国々は、コナ海国を欲して止まない。


「…馬車を用意いたしましょうか」

 片桐は和泉小槙に尋ねた。

「いや、不要だろう。目的地は三原屋みはらやという名の旅館だ」

「では、お二人は島屋しまやに宿泊されたのですか」

 舛田で外国人が利用する宿屋といえば、三原屋と島屋の二つしかない。三原屋を訪問するというのであれば、宿泊したのは島屋となる。


 和泉小槙は、片桐の問いに頷くと、

「そうだ。しかし、昨晩、島屋の主人に菊乃様のことを訊いてみたが、答えはなかった」

 それは、そうだろう。

 と、片桐は胸中で思う。


 都市部ならいざ知らず、舛田のような田舎では外国人に出会う機会はほとんどない。

 正体不明な外国人に客の情報を話す方がどうかしていると言える。


「島屋には後で私から訊いておきます」

「つてがあるのか」

「何とかなると思います」

 島屋は軍の宴席でよく利用している宿屋で、店主とも顔見知りだ。

「それは助かる。感謝するぞ、片桐曹長」

 きちんと礼が言えるのか、と片桐は和泉小槙を評価した。


 三原屋は兵営の目と鼻の先にある宿屋で、たとえ遠野橘の速度でも、馬車を準備している間に到着する。


「はぁ…、すみません。おはようございます」

 ようやく到着した遠野橘が肩で息をしながら言う。


「申し訳ありません。やはりお迎えに上がるべきでした」

「もう少し鍛練した方が良いのではないか」

 和泉小槙が首を斜めにして言う。

「鍛練とか…関係ないよ。臓器の問題なんだから…。それにほら、薬もあるし」


 遠野橘は胸元から、例のおかしな気配のする小箱(やはり薬らしい。)を取り出すと、口元へ運んだ。昨日同様に大きく吸い込んでから、ゆっくりと息を吐き出す。


「すみません。…目的地は聞きましたか」

 遠野橘が片桐に尋ねてくる。

「三原屋ですね。ご案内します」

 片桐はそう言って歩き始めた。




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