終章1

 三月の第四木曜日

 天津国

 天津軍本部 仮監獄 第四接見室


 面会室の扉を開けて入ってきた男は三名。薄灰色の詰め襟が二人に、白いシャツの男が一人。ボトムスは全員同じ黒のズボン。シャツの男が詰め襟の男らにはさまれるような形だ。


 シャツの男は拘束されていた。手首には手錠で腰には紐。彼は、軍所有の生物兵器を無許可で国外へ連れ出した罪で勾留されている。


 アクリル板の向こうから詰め襟の男が言ってくる。

「面会時間は二十分です。野波のなみ安里あさと少尉」

「了解でーす」

 ひらひらと手を降り答えると、シャツの男、遠野橘が椅子に腰を下ろした。カシャンと耳障りな音が接見室に響く。手錠から伸びた鎖がパイプ椅子にでも当たったのだろう。


 詰め襟の男(看守だ。)のうち、一人が接見室から出て行った。もう一人は室内に残り、部屋の奥、出口の前に立ってこちらを見張っている。


「やぁ、

 拘束具の男、遠野橘が言ってくる。それには応えず、身勝手にも質問を投げ掛ける。

「接見禁止ついてないんですね」

「そりゃあね。楢崎ならさきかむり中将なんて、開口一番『でかした!』って言ったからね。こんなの形だけだよ」

 遠野橘はそう言って手錠を持ち上げて見せた。

「でも、分かってたでしょう?こうなることは」

「それは君だけだろう?補償があったわけじゃない」

「どんな人でした?國津の對源フォンスは」

「君が聞く?それを…」

 遠野橘はそう言って、苦笑した。

「分かってて呼んだんじゃないの?」

「でも、やっぱり本当の性格は、会ってみないと分からないところがありますから」

「まぁ、そうかもしれないけど」

 遠野橘はそう同意した後、

だと思うよ。和泉小槙もひどく気に入ってるみたいだ」

「そうですか」

「それよりも良いの?こんな話で。僕に聞きたいことがあるから、和泉小槙に對源フォンスのことを知らせたんだろう?」

「そんな風に言うと、先生が馬鹿みたいですよ」

「愛妻家って言って欲しいな。前科がつくのもいとわず、ここに入っているのだから」

 遠野橘は嘆息する。

「こうするしかなかったのは、先生も同じでしょう?」

「そうだね。諜報課の暗号は僕には荷が重かったよ」

「パスワード」

「うん」

 遠野橘が頷く。その声には、ようやく本題に入ったか、という安堵の雰囲気があった。

「どうやってあの番号を手に入れたのですか?」

「あれって誕生日?それとも死亡の日?」

「こっちが聞いてるんですよ」

「君が教えてくれたら僕も話すよ」

「死んだ日です」

「そっか」

 遠野橘があっさりと返してくる。

 彼はこちらの言葉など信じない。

 視線がこちらから外れる。

 嘘か本当か吟味しているのだろう。


「今度は先生の番ですよ」

 促すと、遠野橘は視線をこちらへと戻してから、

「僕は偶々たまたまだよ。仕事で第二階層の国に蛙を取りに行ったときに、現地の医者に話を聞いてね」

「…蛙」

「重要な蛙なんだよ?」

「もういい」

 そう言って席を立つ。


 数歩行ったところで、背後から遠野橘が言ってくる。

「待ってるからね」

 答えが出たのだろう。彼は、明るい声で次いで、

「いつでも戻っておいで。

「くそが」

 吐き捨てた言葉は冷たい壁に呑まれて消える。





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