第九章 高階(2)

 要岩のある光武山こうぶざんは、 市街から曲がりくねった谷を下った奥にある。そのため、要岩に向かうには谷を下った後に山を登らなければならない。谷から山への勾配は、急ではないがその分距離があり、市街から遠い。時間で言えば、徒歩で四十分ほど、馬車で二十分ほどかかる距離である。観光名所というで一応、乗り合い馬車が走れる程度に道は整備されているが、それでもぬかるんだわだちに車輪がはまれば車体が大きく揺れる。

(急がなければ)


 手綱を大きく上下させると、馬の速度が上がった。


 ふいに、行く手を阻むように、五名の気配が生まれたのを感じる。

 視界には映らない。この後、左に歪曲した道を進んで、その後、右に曲がった後にようやく見える人間達の気配だった。


(こんな時に…!)

 馬車の行者席で、片桐はこれから起こりうる現象の対策について考える。


(相手が高階少尉だったならば、話し合いは無理だ。押し通るのが一番早いが、何人犠牲になるか…)

 小隊は違えど、情はある。ましてや相手が初年兵であれば尚のこと。仲間内での戦闘は避けたかったし、今はそんなことをしている場合ではない。

 それに、犠牲になるのがあちらばかりとは限らない。


 和泉小槙の正体はよく分からないままだが、少なくとも遠野橘からは普通の人間の気配しかしない。

 第一小隊が銃剣をこちらに向けた場合、展開によっては、遠野橘の命を危険に晒すことになる。


 左に曲がる。

 ぼやけていた気配が明瞭になり始める。

 その中の一人に高階少尉がいることが分かり、片桐は落胆した。


(やむを得ん)

 そう思いながら右へと曲がった後、ようやく視界の景色が、片桐が頭の中で認識していた情景に追い付いた。


 行く手を阻むように山道を封鎖する兵士の姿が見える。

 人数は五名。いずれも第一小隊の兵士で、その内二名は銃剣を構えていた。


 押し通ることを諦めて、片桐は馬を止めると素早く行者席から降りた。



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