第 九章 高階(3)

「何をしているのですか」

「見て分からないのか」

 片桐は道の中央に仁王立ちしている高階に向かって大声で尋ねる。後のことを考えて、努めて穏やかな口調で訊いたつもりだったが、返ってきた答えは挑発的だった。


(呑気のんきなことだ)

 片桐は心中で毒づいてから、

「民間人はともかく、私まで閉め出す趣旨をご説明いただきたい、と申し上げているのです」

「ここは第一小隊の作戦区域だ。第二小隊の補佐官である貴様に入場する資格はない」

「第一、第二と今はそんな些末な事を言っている場合ではないはずです。先ほどの飛行体をごらんになったでしょう?」

「飛行体…たこのことか。確かに何かしていたようだが、あれがどうかしたのか」

「あれは第三帝国の飛行兵器だそうです」

「第三帝国?」

 胡散臭そうに顔を歪めて高階が言う。

「 何でそんな遠国の飛行戦艦がこんな田舎に。の国は我が国と何らの利害もないだろう」

「第三帝国はコナ海国と手を組んだと聞いています。コナ海国も先日我が国と締結した停戦条約を破棄したとも」

「…どうしてそんな事が分かる」

「先ほど指令本部から電信がありました」

 片桐はさらりと嘘を吐く。


 すう、と高階は目を細めると口の端を歪ませ、顔付きを変えた。

 とは言え、片桐の嘘が暴かれたと言うわけではない。


 その顔は、高階が、どのように立ち回れば、最も上手い汁をすすれるか考えているときの顔つきだった。高階の頭の中では、今、さまざまなものを天秤に乗せては下ろす作業が繰り返されているのだろう。


 高階は単なる愚者ではない。だからこそ、厄介な存在だった。 高階は自分の立場を有利にする、その一点において非凡な嗅覚を有している。


(頼むからどいてくれ)

 これ以上、無駄に時間を失いたくなかった。

「遠藤中隊長を探しています。本部からの指示を伝達しなければなりません」

「分かった。俺が取り次ごう」

「あなたが?」

 思いもしなかった一言に、片桐は目を丸くした。

「そうだ、何か問題があるか?」

「問題はありませんが、お手を煩わせる必要もありません。私はいずれにせよ、この上に用があり、先に進まねばならないのです」

「それは何故だ、片桐」

「それは…」

 そうすれば、天津人が助けてくれると言っているからです。


 その一言を口にすべきか一瞬、片桐は迷ってしまった。高階は、その躊躇を見逃しはしなかった。歪めたままの口角を吊り上げるように口を開く。

「怪しいぞ、片桐。貴様、何を考えている?」

「…仰っている趣旨が理解できません」

「しらを切るのか?お前らしくもない。宮藤にも見せてやりたかったものだ」

「……」

 片桐は応えない。

 ただ、内心では片桐が思っていたよりも、高階が宮藤少尉に対して劣等感を抱いていたことを哀れんでいた。

(死者と比べても仕方がないだろうに)


 片桐の哀憐を他所に、高階は続ける。

「貴様の企みを当ててやろうか?片桐曹長。お前は遠藤中隊長殿亡き者にしようとしているのではないか?」

「も、と仰ると?」

「…前線で散ったお前の上官達のことだよ。宮藤は重かっただろう?何せお前は背が低いからな」


(時間切れだな)

 元来、気の長い質ではない。


 片桐は高階へと近づいた。

 ざわり、と取り巻きの兵士達の気配が一気に尖る。

「止まれ、片桐!」

 高階が言ってくるが片桐は彼の言葉を黙殺する。撃ってくるかと思われたが、高階は即時にその判断が出来なかったようだった。混乱が見栄隠れする高階の顔のした、その腹に思い切り拳を打ち込む。




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