第二部 第二章 シェラ蓮1
同時刻 シェラ
「いい加減に起きろ」
唐突に起床を命じられ、シーツを剥ぎ取られる。肌の上に広がっていく冷気に腹がたち、
内心で、「
だから彼女は、息がかかるほどの距離で舌打ちをしてから、己を起こした人物に向かって挨拶をした。拳に力を込めたまま言ってやる。
「…ぉはよス。
彼女の目の前に居るのは、彼女の上官である尖隼人だった。身に付けているのは、薄い灰色の詰め襟の外套。足元は軍靴。どうやら外出の予定らしい。
尖隼人は、鳴子蘭が放った拳を左手で抑えていた。結構な力が加わっているはずだったが、表情からは何の感情も読み取れない。
「二発目を叩き込んだ理由を聞いても良いか」
尖隼人が口を開く。低く、耳をくすぐるようなかすれた声。知り合った当初は聞き取りづらいこともあったが、耳はすぐに順応した。現在の彼女にとっては聞きなれた声だ。
「寝ぼけただけだ」
そう言いながら、鳴子蘭は拳を収めた。
「殺意を感じたが」
「気のせいだろ?それより、どっか行くのか?」
鳴子蘭は、そういって尖隼人の全身を眺めた。現在の時刻は午前4時過ぎ。真夜中と夜明けの狭間で、外出するにはおかしな時刻だ。
「
そう言って、部屋の外から中の様子を伺うように顔を出したのは、尖隼人付きの補佐官、藤房少尉だった。離れた眉と垂れ目のせいで幼さを感じるが、士官学校を卒業してすでに数年が経っている。
「おはよう。藤房」
「次からお前が起こせ、藤房」
上官から口々に言われるが、藤房はしどろもどろで、
「ええー?重火器の使用を許可してくださるならやりますけど…」
「また
「あれは鳴子蘭中尉があんまりにも起きないからで…。ああ、ええと、今はそんな話をしている場合ではなくて。ええっと、聞こえませんか?鳴子蘭中尉。警報鳴ってます。敵襲ですよ」
「は?」
鳴子蘭はその言葉で、始めて現状を把握した。そういえば先程から会話が聞き取りづらいと思っていたが…。
「何で早く言わねぇんだよ!?」
鳴子蘭はそう言って、尖隼人の背中をどついた。
「…自分の階級を認識していないのか」
無表情のまま、しかし、声音には不満の意を混ぜて尖隼人が言う。
「手加減はしたろ?というか、そもそも、寝てたんだから気付くわけねぇだろう!?俺は、お前とちがって、寝てるときはちゃんと寝てんの!ああ、服がねぇ。おい、服探してくれ」
鳴子蘭はそう言って、一人床にうつ伏せになり、寝台の下を探し始める。
「ねぇな。昨日、どっかで見たんだけど」
「早くしろ。お前以外の兵士は全員配置についている」
「分かってるよ!あー、どこやったかな。なぁ、もうこのままで良いか?」
鳴子蘭はそう言って、全身を眺めた。筋肉粒々の体には、大小様々な傷が刻まれている。
嘆息しながら藤房が言う。
「良いわけないですよ。下着じゃないですか」
「痴女が」
「何だと!?」
「もう、お二人ともやめてください。僕のを貸しますからそれを着て下さい」
「ええー。絶対ちっちゃいだろ。きついの嫌だぜ、俺ー。あ、あった。あった」
鳴子蘭は、そう言ってシーツの中からシャツとズボンを取り出した。言うまでもなく皺だらけだったが、それについては誰も指摘しなかった。
「っしゃ、行くぜ!俺の装備は?」
シャツを羽織りながら、鳴子蘭が藤房に尋ねる。
「第三昇降口に固めておいてありますから持っていってください」
「さっすが!おい、何ぐずぐずしてんだ。さっさと行くぞ、大佐」
鳴子蘭はそれだけ言うと部屋から飛び出した。後ろから小走りでついてくる尖隼人に向かって、ベルトを締めながら尋ねる。
「状況は?」
「何で俺がお前に説明しなければならん」
「上官殿しかいねぇんだからしょうがねぇだろ。藤房は待機要員だし」
鳴子蘭はそう言って背後を振り返った。
ひらひらと手を振る藤房はすでに豆のような大きさだ。彼女は一度大きく腕を振るってそれに応えてから、視線を前へと戻す。
「で?」
尖隼人は嘆息した。諦めたのか少し間を置いて話し出す。
「……マギアトからの定時連絡が途絶えたのが、10分前。それを受けて敵影探査機が緊急発進したのが8分前。同探査機からの連絡が途絶したのが5分前。特別警戒態勢に移行したのも同刻。その間眠り続けていた大馬鹿者を、そいつの上官自ら呼びに行って、ようやく連れ出したのが現在…。何だ、その顔は」
「いや、マギアトが落ちた?オラクソ大佐はいなかったのか?」
「鷺宮なら2週間ほどから配置されていたはずだ。警戒域も『第四』を保持していた」
「…ふーん。それで、俺はどうすりゃ良いんだ?」
「私は六区から戦況を確認する。
「何でため息つくんだよ。まるで俺が言うこと聞かないガキみたいじゃん」
「存在意義を考えろと言っている」
「お前の隣でぼーっとしてろって?嫌だね、そんなの。お、あった」
第三昇降口の脇には彼女の装備一式が山のように盛られていた。
彼女はそれらを素早く装着し始める。
「無駄遣いするなよ」
「分かった、分かった」
後ろから小言を言ってくる尖隼人に適当に返事をしてから、
「さあ、行くぜぇ!」
鳴子蘭は勢いよく昇降口から飛び出した。
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