第二部 第二章 シェラ蓮2

 着地した鳴子蘭なるこらんを待っていたのは、ひび割れた大地と吹き荒ぶ強風だった。


 そこに他の兵士の姿はない。置いていかれた訳ではなく、主だった兵士は、屋内に配置されていることが原因だった。同じ班の2人は屋外にいるはずだが、身を隠しているため目視では確認出来ない。


 機械技術分野において最先端を誇る第三帝国の主力兵士は、人間ではなく機械だ。対する天津国も同様で、今や天津の戦場に立つのは人外ばかりだ。もっとも天津国のいう人外は機械だけを指すのではないけれども。


 両国の人間の兵士は、今や戦場から遠く離れた場所で、機会に命令を下すだけの存在へ成り下がっている。ただし、『下がっている』と思うのは鳴子蘭の主観であり、当の兵士たちからすれば、成り『上がった』のかもしれない。


(進化と言うにはおこがましいか)


 そこまでするなら、戦争なんか止めて話し合いで解決しろよ、と思うが、人類はそこまで進化出来ていないらしい。どちらの国もそれぞれの敵を言い訳に、『あちらが仕掛けてくるからやむを得ず』と己の利益にならないことには目をつむっているのだろう。そして、そこには、第三国に対する誇示も少なからず含まれている。


(結局、獣なのだ。未だ)


 第3階層の発展途上国間では、未だに近接武器を用いた人間同士の白兵戦が行われていると聞く。

 鳴子蘭は、そちらの方がよほど健全だと思っている。他人の命を奪うのに、自分の命を掛けないのはひどくおかしな気がするからだ。



 鳴子蘭は空を見上げた。

 黎明の空が彼女の頭上に広がっていた。


 視線を北西、マギアト共和国の方へと向け、目を凝らすと、空中を漂う球体が数十確認できた。橙色と青が入り混ざった空に浮かぶ、植物の蕾のような形をしたそれは、天津軍の機雷だ。空中を漂うように泳いでいるのは、對素を捕食する植物の特性を利用しているからで、意思こそ持ってはいないが、これも生物兵器の一種と言える。


「どうだ?」


 遅れて隣にやってきた尖隼人とがりはやと鳴子蘭なるこらんに尋ねる。彼女は意識を機雷の向こうに向けたまま、


「まだ見えねぇ。そろそろだとは思うが…」


 マギアト駐留軍とシェラ蓮とは、直線距離にして500マイル程離れている。マギアト駐留軍を襲撃した敵(第三帝国以外には考えられない。)がそのままシェラ蓮へと向かっているならば、そろそろ機影が現認できる頃合いだ。


「お、あれか?」


 ふと、空の向こうに点が生まれる。目を細めると、それは、大気の中でゆらゆらと揺れるように動きながら蠅のような形となった。少し遅れて、また点が生まれる。その横にさらに小さな点が生まれたが、それらはいずれも、しばらく経っても形にはならない。最初の機体より小型なのだろう、と鳴子蘭は予想する。二番目以降に生まれた点が形を持ち始めたのは、最初の点が鮮明な形を取り始めた頃だった。


 半円様の頭に尾ひれのようなものが付いた形だった。上半分は、くすんだ銀色だが、下半分はようやく顔を出しつつある朝日を反射しているせいか、暗い橙色だ。


(なんていうか。あれだ。海にいる…、エイとかいう生き物に似てんな)



 二番目以降に現れた敵機も徐々に大きくなり、ようやく形を持ち始める。最初のものとは違って、こちらは首のないトカゲのような形だ。

 そうなる頃には、周りには無数の点が生じており、それらが一気に形を持ち始めたものだから、空は暗雲立ち込めたかのように暗くなった。


「来たな。じゃあ、行ってくるわ」

 鳴子蘭は尖隼人にそう言って、携えた武器を肩に掛けた。肩に革帯が食い込む。


 鳴子蘭の武器は、肩打ち式の対戦車 反作用ロケット弾発射装置と仔竜の上顎のような形状の槍斧ハルバードだ。反作用弾発射装置は天津軍の支給品だが、槍斧の方はそうではなく、神職である彼女の家系に代々伝わる祭祀用の宝具であり、彼女は、その家宝を勝手に持ち出した上、兵器部装備課のに武器として使用できるように依頼して改造してもらっていた。


 ちなみに、彼女はそれが原因で、実家から勘当されている。



 鳴子蘭は走り出す。


 敵機は確認できたが、鳴子蘭との間には空中機雷がある。この基地において最初に仕事を始めるのは機雷である。機雷を避けたものを反作用弾や大砲で打ち落とすのが、彼女や屋内に配置された兵士の仕事だ。


 規模にもよるが、對精のいる戦場では人間は基本的に後方支援だ。彼らの攻撃に巻き込まれては無意味だし、彼らと同程度の火力を保有することは不可能だからだ。


 今回のように基地が前線へとなり『下がった』場合における人間の兵士の役割は、地理的にこそ『後方』ではなくなっているが、やることは、もっと言えば、出来る事は通常の戦場とそう変わらない。


 結局、人間の兵は、この戦場の主役である對精を支援することしかできないのだ。


(気に入らねぇ)


 迫りつつある敵機を睨んだまま、鳴子蘭は思う。


(押し付けてるだけじゃん。そんなの)


 敗戦の重責を。

 勝利したときでさえ、彼らが、對精と呼ばれる感情を持った兵器が、犠牲者の悲嘆を背負うことを鳴子蘭は知っている。


 だから彼女は前線に立つ。彼らと同様に責任を負うことはできないかも知れないが、せめて寄り添うことはできるように、弁明だけは(例え彼らがそれをしなくても)理解出来るように。

 その意志を彼女は誰にも伝えたことはないし、伝える予定もないが。


(まぁ、もう一個の理由の方がでかいか)


 彼女は自虐気味に口角を上げる。


 彼女は一度、後方の尖隼人を振り返った。


 尖隼人。

 階級大佐。年齢はニ十八。目が細く、表情もほとんど動かず、口数も少ないため、何を考えているか分からないことが多い。眉間には常に皺が寄っており、鳴子蘭も含めて部下は全員、専らその深さで彼の機嫌を図っている。

 体躯が細く、上背もあるためひょろりとした印象を受ける。軍人然としたところが少なく、神経質な研究者というような風体だ。


(ただ…)


 ただ、尖隼人は、薄紫色の瞳と銀髪。それに褐色の肌という特筆すべき外見上の性質を保有していた。それは、鳴子蘭の母国である天津国においては、人間ではなく、兵器として知られるものの特性だ。

 彼は、この基地で唯一の主役を張れる生物だった。


「さあ、やるか」

 鳴子蘭はそう言って首の関節を鳴らす。


 視界の中の尖隼人が頷いた気がした。

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