第二部 第二章 シェラ蓮3

 歩兵としての鳴子蘭なるこらんの主な役務は、尖隼人とがりはやとの護衛だ。強大な力を持つ對精であっても、無尽蔵に力を保有しているわけではない。有限の力は有用に、効果的に使われなくてはならない。


 第三帝国の機械兵器は『判断』しない。それらは、事前に記録した攻撃目標を破壊することに特化している。だから刻々と変わる戦況に対応するだけの技能は持ち合わせていない。


 故に、鳴子蘭の役割も自然と陽動が主たるものとなる。彼女が護衛対象である尖隼人から距離を置いたのもそういった理由に因るところが大きい。

 ちなみに護衛はもう二人おり、彼らはすでに配置についている。陽動が主たる役割の彼女と違い、こちらは姿を隠して尖隼人の護衛に回っている。


 天津軍の基地周辺の作戦は、第一に空中機雷で敵の戦艦や飛翔体を爆破し、それを逃れたものを大砲で狙うというものだ。


 上手く行けば、理論上、對精の出番がないまま終わることも考えられる。ただし、鳴子蘭の経験上、一気に基地が攻め込まれたことはなかったので、今の彼女には、それがどの程度、現実味を帯びた話なのか分からなかった。敵の特性、威力の強度、そういった諸々の事情によるものだろうから、容易な場合もあれば、困難な場合もあるだろう。


(何が起きてる?)


 静かな敵の編隊は不穏でしかない。

 鳴子蘭は、視界に映るエイのような機影を凝視した。


 巨大な楕円形の形の下に入った機雷が、数個、牡丹の花が落ちるように、力無く墜落していくのが見えた。


(やばいぜ、こりゃぁ)


 音もなく無効化された機雷群を見て、彼女は目を見開いた。


 同時に近くの砲台が『エイ』に照準を合わせた。屋内の管制も『エイ』の危険性を察知したのだろう。

 2秒後に砲口から粘着榴弾が放出される。亜音速の初速でもって放出されたそれが、開戦の合図となった。


 自身の武器の有効射程距離に入るまで、鳴子蘭の出番はない。


「当たれ」

 放出された弾の軌跡を見つめて鳴子蘭は呟く。


 けれど、粘着榴弾は、目標であった『エイ』に着弾する前に、小型の機体に衝突し、爆ぜた。

 首のないトカゲのような形をした兵器、型式Z10《ツェータ・テン》と呼ばれる機影が、突き飛ばされたように大きく仰け反った後、墜落し始める。


 その1秒後に控えめな炸裂音が耳に届く。


 直後、再度、砲台が照準を合わせるのが視界に映る。鳴子蘭には、砲台内での砲兵達のやり取りが、手に取るように分かった。


 産声を上げたばかりの焦燥と「1発目が外れたに過ぎない」という余裕。それらを天秤の両皿に乗せたであろう砲兵が発射した砲弾は、またも目標たる『エイ』ではなく、その取り巻きであるZ10に衝突する形で阻まれた。


 一度目と同様の、及第点に届かない乾いた音が、敵機の破片と共に空から降ってくる。


(護衛も兼ねてやがるか)


 榴弾が当たる直前の、Z10の不自然な動きを思い返しながら、鳴子蘭は口元を歪めた。


(けど、まぁ、やることは一つか)


 護衛が在るなら、それを削るしかない。


 司令官の腹も決まったのだろう、12 台ある大砲の砲身が一斉に動き出し、ほぼ同時に榴弾を発射した。

 1機、また1機と徐々に空から敵機が減っていくが、一向に『エイ』そのものには命中しない。


「そろそろか」


 鳴子蘭は唇を舐めると、反作用弾放射機の照準を『エイ』に合わせた。呼吸を止めて狙いを定めてから固い引き金を引く。


 砲口から反作用弾が射出され、反動で体が後方に仰け反った。かつては発射の度に体が宙に浮いていたことからすれば、成長していることは疑いようもないので、苛立ちは顔には出さず、腹へと押し戻した。弾の軌道を目で追いながら、走り出す。


 照準こそ『エイ』に定めていたが、鳴子蘭はこれで『エイ』が落ちるとは微塵も思ってはいない。

 これは、鳴子蘭にしてみれば、好意を寄せている異性の視界に入るのと一緒だった。つまり、彼女は、初恋に酔いしれる少女のような心持ちで反作用弾を放出している。


 炸裂音が耳に届く。ゆらりと1機のZ10が隊列から外れたのを確認し、鳴子蘭は口角を釣り上げた。


「良し、来い!」


 アプローチには成功した。後は引き付けて破壊するのみ。


 砲撃の間を縫うようにして、3機のZ10が近づいてくる。

 それに向かって、鳴子蘭は更に加速した。


 鳴子蘭が愛用している反作用弾は本来、遠距離攻撃用の武器である。しかし、当然のことながら、敵から距離が離れるほどに命中の精度は下がるという欠点を持っていた。反作用弾の全てを吹き飛ばす威力は、鳴子蘭の好みだったが、当たらないのでは意味がない。だから、彼女は、自ら的に近づくという方法を採ることにした。当然ながら、彼女自身の戦死の確率も跳ね上がっているわけだが、そこは『当たらなきゃ良いんだろ』という良くわからない自信でもって、自分の中で折り合いを付けることに成功していた。


 Z10の、その腹部に抱えている2発の反作用弾が放出されるのを確認しつつ、鳴子蘭は足を止めた。地面を踏み締めながら、再度引き金を引き、弾を発射する。


「行け!」


 入れ替わるように視界に飛び込んで来たのは、Z10から発出された粘着榴弾だった。その軌跡を読み、跳ねるように地面を蹴って、進行方向を変えてやると、案の定、2発の榴弾は目標を失い、彼方へと飛んでいった。


 その揺れる視界の中で、彼女の放った反作用弾は、Z10の機体を捉えていた。喉元辺りに炸裂し、仰け反るように吹き飛ぶ。


 仲間の最後を感知したのか、Z10が3機、隊列から離れて鳴子蘭へと向かってくる。

 うち、1 機は、回転式大径砲台から発射された粘着榴弾に吹き飛ばされて、大破した。墜落してくる。


 残り2機の掃討方法と自身の保有する残弾数を計算する。反作用弾の残弾数は、背負っている2発も含めてわずかに6発。無駄打ちなど絶対に出来ない。

 呼吸を止めて、引き金の指に力を込める。








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