第二章 探索(4)

 平太は一人で戻ってきた。


「呼んできたよー」

 平太はそれだけ言うと、自分に課せられた仕事は終わったとばかりに、片桐から猫を回収した。猫が安心したように顔の表情を緩めるのが見えた。


「片桐曹長ー」

 反対に表情を固くしたのは和泉小槙いずみこまきだ。彼女は非難めいた声で呼んでくるが、聞こえないふりをしてやり過ごす。


 一呼吸ほど遅れて暖簾のれんの間から、年の頃三十代後半の着物姿の男が姿を現す。

 男は三原屋の店主で平太の父親だ。

 店主は片桐に気づくと表情を明るくした。


「片桐さん。ご無事だったんですね。長いこと戻ってこられないので、皆、心配しておりました」

「先週戻りました。残念ながら、戻ったのは私一人ですが…」

「それは…」店主はそこまで言うと、一呼吸置いてから、「皆さん、さぞ立派な最後だったのでしょう」と言って肩を落とした。


 返したいこと言葉はあったが、外国人の客の手前ということもあり、片桐は用件にとりかかる。


「早速で申し訳ないが、少し力を貸してもらえないだろうか」

「それは、私で役に立つのであれば、是非にと思いますが…」

 店主はそう言うと、片桐の隣に立つ遠野橘とおのたちばなに視線を移し、頭を下げた。

 暖簾の裾をまくって、玄関へと導く。


「ここでは何ですから、良かったら中へどうぞ」

「助かる。どうぞ、少佐」

「ありがとうございます。…和泉小槙いずみこまき大尉、行くよ」

 しかし、和泉小槙は、遠野橘の呼び掛けに応じない。彼女は、平太の傍らに立ったまま、不自然に腕を伸ばし、猫を撫でる機会をうかがっている。


 遠野橘が催促する。

「和泉小槙大尉?」

「任せたぞ、少佐」

 和泉小槙は振り返りもせず、そう言った。

 遠野橘は一瞬、表情を曇らせた後、嘆息して「失礼します」と暖簾をくぐった。


 片桐も後を追う。







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