第四章 接待(3)
店内に入ると、牛鍋の甘辛いにおいが鼻孔に届く。店が入っている
土間の向こうに低い
片桐は和泉小槙に次いで、編上靴を脱いで上がる。
店仕舞いをしていたはずの大将がこちらを眺めている。
その視線に気付いたのだろう、夏子は二人を置いて、厨房へと姿を消した。
「遠野橘少佐のお加減はいかがですか?」
片桐は、先に席についた
「昼間と変わりはない。私が出るときにはまだ意識が戻っていなかった」
「その状態で置いて来られたのですか」
「私に出来ることはない。そもそも死にはしない。あれは単なる對素不足だ」
「タイソ」
「…知らないのか?」
和泉小槙が目を見開く。大きな瞳は、猛禽類を思い出させた。
「對素というのは、
「はい。國津神道の最高神です」
「第一階層では酸素濃度が低いだろう?だから酸素の代わりに
片桐は、始終体調の悪そうだった遠野橘の姿を思い出す。
「普通は一週間もすれば体が地上の環境に慣れる。少佐もあと数日のうちには持ち戻すだろう」
「地上では、その、對素が薄いのですか?」
「ああ。まぁ舛田ではそうでもないが。ここは
和泉小槙はそう言って、店の外に顔を向けるような仕草をした。
片桐は、内心穏やかではなかったが、感情を顔に出さぬよう平然を装い、頷いた。
和泉小槙は続ける。
「あれは對素の凝縮固体だ。まぁ、簡単に言えば結晶だな。對素の」
「お待たせしました」
夏子が酒を乗せた
「
「ああ。ありがとう」
礼を言うと、夏子は徳利とお猪口を二つ置いて戻っていった。
片桐は、和泉小槙にお猪口を差し出す。
「國津国では、酒で歓迎するのが習わしなのです。その、女性に年齢を尋ねるのは失礼かとは思いますが…」
「貴官には、よほど私が幼く見えるらしいな」
和泉小槙はちくりと言って、猪口を受け取った。
「羨ましいのです。若々しくて」
「大して変わらんだろう?」
「ご冗談を。私は今年で三一ですよ」
「やはり大して変わらんじゃないか」
和泉小槙はそう言って首を斜めに傾けて見せた。
「それは…」
思わぬ告白に片桐は、何と応えたら良いのか分からなかった。
片桐は、和泉小槙を二十歳前後の娘だと認識していた。
小さな
ただ、驚きつつも、妙に納得した部分もある。
それは、和泉小槙の階級である。
二十歳そこそこの大尉など國津国では到底考えられない。
しかし、三十路なら別だ。
遠野橘の話では武勲もあるとのことだったので、場合によっては三十路前後ということも考えられなくもない。
「若々しくて羨ましい限りです」
何と答えるのが正解か分からず、そうとだけ返す。
「よく分からんが、誉め言葉として受け取っておこう」
「ありがとうございます」
片桐は、和泉小槙の猪口に酒を注いだ。その後、手酌で自分の猪口にも注いだ後、
「もてなすのが私一人で申し訳ありませんが、歓迎いたします。和泉小槙大尉」
猪口を差し出し、心で思っていることと正反対の嘘を口にした。
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