雷の従者

詳細 未定

序章 1

 國津国くにつこくの西方、舛田ますだと呼ばれる地域には、御劔みつるぎ要岩かなめいわという巨石群がある。


 御劔という名を冠しているのは、それらの巨石が刀のように尖った形をしているからで、白い岩肌とも相まって、一見してそれらが國津国このくにの建国以前から山肌に突き立っている自然物であるとは思えないほどに荘厳で、異質な存在だ。


 巨石は一つの山を取り囲むように並んでおり、石の先端から隣の石の先端に向かって青白い光が伸びていた。石と石を結んで一周した光の円の内側は、文字と紋様で埋め尽くされており、遠目ではそこだけ空が光に侵食されているかのようにも見える。


 要石を管理しているのは、國津国くにつこく陸軍第五師団の中隊で、一般人が軍の許可なく要岩に近づくことは許されていない。

 一般人が最も要岩に近づける場所。それは、山のふもとに作られた広場だった。

 円形の広場には山との境に木製の壁が設置されており、壁を越えない限り、軍の許可は不要という扱いだ。


(…しかし、つまらねぇな。平和すぎて)

 茶をすすりながら、広場から空を見上げる。


 國津国 一月の第二月曜日


 視界に映る舛田の空は暗い。茶屋の娘の話によれば、冬のこの時期は丁度、第一階層の浮島うきしま大陸たいりくの影が國津国に届くため、この辺りでは日中、晴れていても雲がかかったように暗いらしい。ただ、そのおかげで、要岩の光がよりいっそう輝いて見えるから、観光目的の客には、最も人気がある季節とのことだった。


(人気があるって言ってもな…)

 湯飲みから口を離して、広場の方に視線を投げた。


 広場にいる観光客は、俺を含めて五人だ。商売人の数も似たようなもので、広場には十名程度の人間しかいない。

 広場には土産物屋や茶屋、それにそば屋等が店を構えているのだが、どの店も暇を持て余していた。「人気の季節」でこれでは、「そうではない」季節では商売として成り立たないだろう。ちなみに、今日、偶々たまたま観光客が少ないというわけではない。昨日も一昨日も似たような風景だった。


 要岩に観光資源としての価値が無いわけではないだろうが、舛田は、他の地域からの接続が困難な場所にある町だった。つまり、山のせいで隣町と隔絶かくぜつされているのだ。一応、鉄道の線路が伸びているが、それも軍用なので一般人が利用できるわけではなかった。それに加えて、國津国は他国と戦争の最中にある。国も国民も、観光に金と時間を掛けられるほど裕福でもない。そう考えれば観光客が少ないのは当然のことだった。


(そろそろか…)

 俺は、再度茶をすすると、広場の奥、山への入り口を見つめた。


 入り口には建物の玄関口のみを切り取って置いたような工作物が置かれており、壁はそこから広場を縁取るように伸びている。



 しばらくすると、山の中から軍装姿の六人の男達が、工作物をくぐって広場に降りて来た。どの男も上機嫌で顔を赤らめている。今日も山では酒盛りが行われていたらしい。


 上機嫌な軍人達とは反対に、表情を曇らせたのは商売人達だ。

 商売人達が軍人達から不自然に距離を取ったため、広場に道が形成される。ちなみにこの不自然な道は、一日に三回出来るのだが、それは要岩の監視が三交代制であることに起因きいんしている。


 下山の際に、酩酊した軍人が商売人や観光客に絡んで揉め事を起こすのは日常茶飯事だった。


 軍人達が我が物顔で広場を横断する。

 そば屋を通りすぎて、土産物屋の前に来たとき、軍人の一人が「道」からはみ出た。

 商売人達に緊張が走る。


 道からはみ出た軍人は、土産物屋の入り口に立つ少女の髪を掴むと、二言三言、言葉を発して、乱暴に自らの方に引き寄せた。

「痛!」

 少女が苦痛に顔を歪める。

「やめてください!」

 声を上げたのは少女ではなく、彼女と同じ土産物屋で働く青年だった。少女とよく似た面差しの青年は少女の兄だ。


 兄は軍人から妹を取り返そうと、軍人の男と対峙する。


「いつもそうやって乱暴に。僕たちが一体何をしたって言うんですか!」

 青年の主張は紛れもなく正論だったが、だからと言って、軍人の男が大人しく引き下がる訳はない。むしろ、面白い玩具を見つけたと思ったのだろう、残りの五人の軍人も「道」から外れて青年に絡み始めた。


(暇すぎるんだよな。分かるぜ)

 軍人達の職務は要岩の見回りだ。要岩に異常がないか監視し、次の班へ報告する。来る日も来る日もそれだけだ。愚直に職務を遂行できる人間の方が少ないだろう。


 商売人に絡むのは単なる暇潰しなのだ。軍人たちも何も本気で商売人達を傷つけようとは思っていない…、はずだ。そんなことが師団本部に知られれば、彼らにも、罰とまでは言わないが、ある一定の不利益が発生することは想像に難くない。


 しかし、商売人たちにはそれが分からない。だから、声高に自分達の正義を主張する。そう、今も。

「少しは宮藤みやふじ少尉を見習ったらどうなんですか!」

『宮藤』

 その名前が出た瞬間、軍人の一人が空に向かって拳銃を発砲した。


 広場が静まり返り、沈黙につつまれる。

 拳銃を発砲した軍人の軍装には、肩の部分に黄色い布が一本縫い付けられていた。それは少尉の肩章だった。ちなみに他の軍人の肩には何もついていない。六人組は、将校様とその取り巻きのようだった。


「不敬罪で逮捕する」

 少尉はもう笑ってはいなかった。

 ご主人様の機嫌が悪くなったのを敏感に察知し、取り巻きの軍人たちも途端に態度を変える。嘲笑から叱咤しったへ。口々に正論をまくし立て、兄妹を追い込む。


 不幸なのは青年だ。当初の威勢の良さは少尉の発砲により霧散したらしい。彼は顔面蒼白で立ちすくんでいた。

(…何だ?)

 特異な気配に、俺は、軍人達と対角の方向を振り返った。

 広場の入り口。

 そこに軍装姿の男が二人立っていた。





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