短編 1(1) ( 本編を読んでないと楽しめない仕様です)

 同じ尉官とは言え、少尉と大尉ではその権限に雲泥の差がある。普通の大尉ですらそうなのだから、特殊兵器に認定されている大尉の対応だなんて、新米少尉の私には重すぎるのだ。

 それだと言うのに副艦長と来たら―…


 四月の第一金曜日

 國津国 伊具神町停泊中

 天津空軍 装甲補強型巡空戦艦

 シャノン艦橋ブリッジ


「すぐに帰国できない?」

 和泉小槙大尉はそう言って表情を崩し、形の良い眉根に皺を寄せた。

 思いのほか不機嫌な様子に一瞬たじろぐが、脳裏に浮かんだ副艦長に睨まれたような気がして、私は何とか口を開く。


對源フォンス様を乗せて飛行すれば…」

「竜の餌食えじきになるからか?」

 和泉小槙大尉はそう言って、続く言葉を奪って見せた。銀色の前髪がはらりと顔にかかる。彼女はそれを右手で耳に掛けながら、

「しかしなぁ、これは一等級戦艦だろう?」

 そう言って、軍靴の爪先で床を小突くような仕草をした。続けて、

「回転砲台も八機備えているようだし…。何とかならないのか?」

「げ、原因は不明なのですが…、現在、階層間の竜達が興奮状態にあるとのことなのです。ここ数日は定期便も停止しているような次第で…」

「それが収まるまで出発できないということか?」

「護衛艦の派遣は要請しているのですが、先日の西部戦線での戦闘の影響で、全ての護衛艦が修繕、調整中なのです。最短で出港できる船でも一週間はかかると」

「そうか…」

 和泉小槙大尉はそう言った後、腕組みをして何やら考え込む。


 竜は人間を補食する。それも、最近では、對素を多く保有する生き物を選んで食べているのではないかと言われている。

 膨大な對素を保有する對源様を乗せて離陸すれば、竜に襲われる可能性は高まる。


 和泉小槙大尉はしばらく何かを考え込んでいたが、唐突にこちらに顔を向けて、大きな声で言い放った。

「私が抱えて飛ぼう!」

「は?」

「いや、は?ではないぞ。ええと、貴官、稲守いなもり少尉」

 和泉小槙大尉はそう言って、私の名を口にした。

「私が片桐と、對源と二人で天津まで帰れば護衛艦を待つ必要はなかろう」

「二人でと仰ると…」

「私が片桐を抱えて飛ぶ」

 ああ、そう繋がるんだ…。


「何か問題が?」

 私の反応に不満があるのか、和泉小槙大尉は腕組みしながら尋ねる。

 私は声を絞り出すようにして、

「問題…は、あると思いますが…」

「どこに?」

「どこにって…」

 真剣な面持ちに私は言葉を失う。深い紫の瞳は、こちらがおかしいのか、と思わせるほど真摯で美しい。

 私は、探るような口調で思いを言葉にする。


「そうですね。まず…危険だと思います」

「危険?」

「ええと、具体的にはですね…」

 私はそう言って和泉小槙大尉の体を眺めた。襟つきシャツに薄い灰色のスラックス姿。出るべきところは出て、絞まるべきところはしっかりと締まった肉付きの良い体つきは、女の私からしても色気を感じるほどだけど、彼女は私と同じ人間ではない。對精トルトニスと言って、竜と同じ性質を持つ種族の一人だ。 姿形は人間に似ているが、その特性は大きく異なる。その特性とは…。


「あれ?ええと…。危険じゃない?」

「竜くらいなら自力で何とかする。それに亜音速で乱数加速しながら飛行すれば、竜もそう簡単には追い付けまい」

「そう、ですか…」

 音速かぁ。

 音速って秒速何メートルぐらいなんだろう。速度が違いすぎて推測すら出来ない。


「その方法ならば、對源フォンス様にも負担はないのですか?」

「おそらく大丈夫だろう。そもそも片桐は頑丈だしな…。ああ、しかし、耳が…」

「耳…?」

 精密検査の結果、何も問題はなかったと聞いているが…。


「お耳に何か不調があるのですか?」

「この間一度、変な消失の仕方をしたからな。ひょっとしたら耳は弱いかもしれない。一応、今は再生しているが…」

「再生?」

 對源様ってそんなことまで出来るの?

「機能に問題があるのですか?」

「おそらくそれはないと思うが…。一応、本人に確認してみるか」

 彼女はそう言うなり、くるりと踵を返した。銀髪がふわりと彼女の肩の上で弧を描く。隙のない整った横顔が私の視界を横切り、花のような香りが私の鼻腔にまで届く。

 そのまま行ってしまうのかと思われたが、彼女は数歩進んだ後こちらを振り返って、


「行くぞ、稲守少尉。何してる」

「わた、自分もですか?」

「何か問題が?」

「いえ、そんなことは…」

 言い淀み、何か良い言い訳を、と考えるが何も思い付きはしなかった。仕方がなく、本心を口にする。

「私なんかが、對源フォンス様にお会いしてよろしいのでしょうか。神様の化身なのでしょう?」

「見た目は普通の人間だぞ。筋トレが趣味で、うどんが好物の」

「神様なのに鍛えておられるのですか?」

「立派なゴリラになりたいんだろう」

「え?」

 ゴリラ?

「行くぞ」

「あ、は、はい!」

 促され、私は和泉小槙大尉と共に艦橋ブリッジを後にする。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る