第八章 異変(8)
第三帝国の正式名称は、エト第三帝国と言い、第一階層の浮島大陸にある国の名である。
その国の成り立ちや国民性について、片桐はほとんど知らない。それほど國津国にとっては縁遠い存在で、片桐が唯一理解していることは、その国が天津国と敵対しているということだけだった。
「まさか…」
不穏に旋回する飛行体に視線を止めたまま、和泉小槙が呟く。
その時だった。
飛行体から要岩に向かって、何かが飛び出し、岩肌に衝突して、爆散した。
二秒遅れて、先ほどと同じ重低音が部屋に届く。
片桐は勢いよく窓を開くと、玄関先で待機していた野崎に向かって叫んだ。
「野崎、馬の準備をしろ!すぐに出るぞ!」
「待て、片桐曹長!」
客間から走り出そうとしたときに、和泉小槙に肩を捕まれる。
「このまま指を加えて見ていろと言うのか!」
「少佐!」
和泉小槙が遠野橘を振り返る。
遠野橘が装置に向かって切羽詰まった様子で伝える。
「誰でもいいので繋いでください」
「了解しました。全回線一斉コールします。……。繋がりました。どうぞ」
別の男の声が部屋に響く。
「こちら情報部、第17係」
「私は遠野橘少佐です。国外に、國津国に滞在していますが、今、第三帝国の機械兵器が國津国の上空を飛行しています。一体、何が起きたか説明願えますか?」
「…現在、精度を確認している最中ではありますが…、マギアト駐留軍から、戦線が動いたと報告があったようです」
「マギアトの西部戦線が?」
そう言ったのは和泉小槙だ。
彼女は大股で装置の前に移動すると、装置に向かって問いかけた。
「破られたのか?しかし、あそこの駐留軍には、
「それについては、現在確認中です。現在、把握している事実は、つい四十分前に、第三帝国が開戦を宣言し、これとともにコナ海国との同盟締結を発表したことだけです。これは第三帝国の国営放送で放映された画像で確認がとれています」
「コナ海国?では」
「コナ海国は國津国との停戦協定を破棄しました。國津国で、第三帝国の戦闘機が確認できたのであれば、西部戦線の情報もある程度正しいと見るべきでしょう」
「第二次階層間大戦が」
「始まったのかもしれません。つい先ほど」
機械の中の男は淡々と告げる。
遠野橘が口を開く。
「私は國津国の舛田という地域にいます。分かりますか?對源は御劔の要岩です」
「攻撃がすでに始まっていますか」
「小型のミサイルが二度と発射されたようです。要岩を崩落させようとしているのだと思います」
「了解しました。この情報は上へあげておきます。國津国からも援軍派遣の要請が来ていれば、いや、来ていなくても部隊が派遣されるでしょう。國津国の淵主が興れば、天津も無事ではすまないでしょうから」
「よろしくお願いします」
遠野橘はそう言って、装置を操作したようだった。唐突に男の声が消える。
「禁忌に触れたか」
和泉小槙が憎々しげな表情で言う。
「第三帝国は禁止協定に加入していないよ」
「愚かなことを。星が壊れたら終わりだろうが」
「あるいは、止める手だてを備えているのかも」
「そんなものがあるはずがない」
和泉小槙はそう吐き捨てると、
「行くぞ。片桐曹長、要岩へ」
そう言った。
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