アウトロ
大好きなあの子
久しぶりに東京に帰ると、私の知らない喫茶店が出来ていた。
彼女と一緒に扉をくぐる。ベルの音が心地よい。
「おかえりなさい、店長」
そう言って、莉乃に声をかけたのは日芽香ちゃんだった。
「おかえり、日芽香。任せちゃって悪かったわね」
「いえいえ、弥生も手伝ってくれたんですよ。ね、弥生」
喫茶店の服装がよく似合う。成長した日芽香ちゃんが声をかける方向に、弥生はいた。テーブル席でパソコンを操作しながら、注文してくる。
「コーヒーおかわりー」
今はフリーランスで各社のシステムをサポートしているらしい。意外と器用な人である。
そんな弥生も私に気づいたのか、目線を画面から離す。
「帰ったのか、つぐみ」
「うん、帰ってきた」
「おかえりなさい、つぐみさん!」
「ありがとう、日芽香ちゃん」
そしてこの店の店長の彼女が、私に改めて挨拶する。
「おかえり、つぐみ」
「ただいま、莉乃!」
カウンターに座りながら、お店を見渡す。
「まさか店内に私の絵や写真が飾ってあるなんて」
「目立ちすぎなのよ、あんた。各地で写真撮られているわ」
コーヒーを入れながら、莉乃は答える。
「魔法って写真に残らないはずでは?」
「もうたぶん魔法ですらないのよ」
魔法ではないのなら、それは何だろう。
いや、言葉をつけるのに意味はない。
どれも綺麗な景色で、私が作り出したものであるが、こうやって飾られると嬉しいものだ。なれなかった芸術家としての私がここには確かに存在している。
「いいお店だね」
「でしょ」
誇らしげに言う彼女の表情は大人で、もう子供ではなかった。
「つぐみさん聞いてくださいよ、お店最初は大変だったんですよ!」
「あー、私もタダで働かされたぜ」
「だ、だから今はコーヒーが無料で飲み放題なんでしょ!」
いや、慌てて弁明する彼女を見ると、まだ10代の頃の彼女が垣間見える。変わるけど、変わらない。
「それに古湊家の皆さんも手伝ってくれたんですよ」
「え」
それは初耳だった。
「あおいさんなりの罪滅ぼしなのかもしれないわね。おかげさまでこうやってお店が開けました。つぐみにもお礼を言うわ」
「いや、私は」
何もしていない。
いやいや、まさか実家が私に内緒でお店をサポートしていてあげたとは。組織はなくなったとはいえ、仮にも魔女界のトップだぞ?
変わる。魔女は変わっていく。
「チョコレートケーキセットです」
そうやって日芽香ちゃんが私の前に置く。
「莉乃さんのお手製なんですよ」
「へー、それは楽しみだ」
ケーキを一口大にフォークで切り、口へ運ぶ。
甘い香りと、美味しさが口に広がる。
「美味しい」
「それは良かった」
「すごいね、莉乃は。ほんと、凄い。私のいない間にこんな立派なお店を開いているんだもん。そしてこうやってちゃんとしたケーキを出してさ」
その裏には途方もない努力がある。必死に、懸命に頑張ったのだろう。
私が大好きな人は、凄い。
魔女でなくなっても、魔法をかけ続けてくれる。
「つぐみ、あんたはまた出ていくかもしれない」
「……うん」
「でも私は何度でも追いかけるし、あなたが休める場所はこうやっていつでも準備している。いつでも帰って来れるようにね」
実際にヨーロッパまで来たし、こうやってお店を開いている。彼女の言葉に偽りはない。
「あなたは一人じゃない」
そういって、いつの間にか後ろに来ていた彼女が私を抱きしめた。
温もり。心が重なる気がする。
そして目に入った彼女の薬指が光る。私とおそろいの永遠の絆。
「もう十分にわかっているよ」
その光景を嬉しそうに日芽香ちゃんと弥生も見ている。
いいな、と思った。
たぶん世界は一致し続けない。
世界は相変わらず平和でないし、争いはなくならない。
それでも魔女は、私は手を差し伸べ続ける。
そしてそんな私を待っている人がいる。
それを幸せと呼ばずに何と言う。
カランコロンと音を立て、扉が開く。
莉乃が慌てて私から離れ、店長モードに切り替える。
「いらっしゃいませ、あっ」
思わず声を上げるのも仕方ない。そこにいたのは私の母親と妹だった。それだけじゃない、後ろから四国でお世話になった古河家、古日山家の魔女も入ってくる。魔女の知り合い勢ぞろいだ。
こちらの驚きと同様に、母も私を見てびっくりしている。
「つぐみ、帰っていたのね」
「お母さん、ただいま。あのね、」
私は莉乃の手をしっかりと掴み、さらにびっくりさせるために口を開く。
「私、結婚しました」
「ちょ、ばっ、きゅ、急すぎなのよ、つぐみは!」
慌てる莉乃と、驚き顔の母。
あぁ、世界はこんなにも愉快で、美しい。
この想いは揺るがず、きっと一致し続ける。
私はそう信じているんだと、笑みをこぼした。
<ウィッチ・フイッチ FIN>
ウィッチ・フイッチ 結城十維 @yukiToy
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