第6片 災厄の魔女④
空から落ちていく。
「ひひゃはっはは」
体は血だらけで、魔力はさっきの戦いで空っぽ。でも楽しくて楽しくて笑いが止まらない。
最後に、正義の魔女に一撃を食らわせ、空へ投げ出すことに成功した。
箒も遠くにあり、どうやら魔力も尽きたみたいだ。味方も遠い。強気だった魔女の諦めた顔が一層私を嬉しくさせる。
勝った。
正義の魔女をこのまま道連れにすることができる!
愉快だ。
『空間の魔術師』と、『幻惑の魔女』はさぞ後悔するだろう。
私と戦ったばかりに、一人の魔女が死んだ。恨むも復讐相手はもう死んでいる。どこにもいけない苦しみを、彼女らはこれから一生背負い続けていくだろう。
そして、その負の感情が新たな『災厄』を生む。
完ぺきではない。
多くの人を巻き込めず、『災厄』にはできなかった。けど、私は歴史に名を刻んだのだ。魔女殺しの悪党として、恐怖の対象として、悪者として生きた証が残される。
私の最悪の人生の最後に、最高のことを成し遂げることができた。
「最高だ。これが私の望んだものだ」
私は、望まれなかった子。
小さい頃から、母親にはずっとそう言われ続けた。姉ばかり好きな物を買い与えられ、私はいつもお古だった。露骨に態度が違った。それでも望まれていない子だから仕方ないと私は納得していた。血の繋がっていない父親はそんな私を不憫に思ったのか、母親に内緒でお菓子をよく買ってくれた。子供の栄養的にはどうかと思うが、私にはそれが何よりのご馳走だった。
そんな父親がいなくなった。小学校に入る前だった。母から逃げたのか、死んだのかわからない。幸い金はあった。母親が働かなくてもやっていけるほどの額があった。子供の時にはわからなかったが、今考えるととんでもない金額だろう。でも欲しいのは違った。甘いお菓子。父親からのご馳走がなくなった。
父親がいなくなったことで、母親は荒れた。あの人が防波堤だったのだ。姉の性格もどんどん狂っていった。何度も殴られた。何度も否定された。「あんたなんか生むんじゃなかった」、「できそこない」、「醜い子」。この家に私の居場所はなかった。
最悪の環境だった。いつも逃げることばかり考えて、必死に耐えた。
小学校に行くようになり、家での時間は減った。
「厄病神」。
それが最悪の環境から抜け出したはずの、クラスメイトからの私の呼び名だった。家とは違い、直接的な暴力が無かったのは救いだったが、皆私を蔑んだ。
「汚い」、「近寄るな」、「穢れる」、「空気が悪い」、「何でいるの」。
言葉の暴力は私の心を蝕んでいった。でも話してくれるだけでもマシだった。いつしか話しかけようとしたら、舌打ちで返された。私が近づくだけで、女の子たちはその場から逃げていった。
私は一人。
最低の環境だった。
中学生になった私は、人から距離をとることで、最悪と最低から生き延びた。無干渉。「あいつの名前なんだっけ?」とクラスメイトが言っていたのも聞いた。いてもいなくても変わらない存在になることで、透明になることで、私は生き延びたのだ。
生き延びてどうする?
その時の私はそんなこと考えなかった。生きるだけで必死だった。生きることしかなかった。
こんな私にもきっと光がさすのだと信じて。
そんな私にも1つだけ趣味があった。
戦争。災害。事件。
家に誰もいないときはニュースばかり見ていた。捨てられた新聞を拾い、世界の戦争の悲惨さを知った。図書館で過去の事件、殺人ばかり調べ、興奮した。
笑顔になれた。
自分より悲惨なこと、辛いこと、悲しいことを見て、安心できた。私よりひどい人たちはいる。私より絶望しているたちがこの世界にはもっといる。
他人の不幸が、私の心を救ってくれた。
高校に入る前に母と姉はいなくなった。
前触れはあった。母の化粧はどんどん濃くなった。姉はブランド物ばかり身につけるようになった。
きっと何かトラブルに巻き込まれたのだろう。けど警察に聞いても何も教えてくれなかった。
私は一人になった。あったはずのお金もなくなった。一人で生きていくしかなかった。
でもそれは最悪からの解放で、私は大して気にもしていなかった。
けど、ご飯を食べられないのは嫌だった。きっとこのまま衰弱して、死ぬのだと思った。
光がさした。
高校生で一人の私を引き取りたいという老夫婦が現れたのだ。変わった人たちだった。おじいさんと、おばあさんは優しかった。こんな醜くて、惨めな私を愛してくれた。初めて生きる意味を知った。生きている喜びを知った。
おばあさんは魔女だった。
昔、四国にいたが、船乗りのおじいさんと会い、そのまま駆け落ちしたらしい。すごい勇気と度胸があったもんだと褒めらたら、おばあさんは嬉しそうに、おじいさんは照れ臭そうに笑った。
おばあさんからは生きる術を学んだ。料理、掃除、洗濯、生活の知恵、人とのかかわり方。
そして、魔法を教わった。
魔女としての生き方。魔法の使い方。
魔女は救済する者、困っている人の手をとる者だと教わった。だから、おばあさんは私を引き取ってくれたのかもしれない。困っていないと強がっていた私を救ってくれた。生きてきて、初めて涙を流した。
高校に入り、初めて友達ができた。
おじいさんと、おばあさんと一緒にご飯をつくって、高校生だというのに無邪気にピクニックを楽しんだ。
初めて入った川は冷たくて、びっくりしてしまった。
焼け焦げたパンを二人は美味しい、美味しいと喜んで食べてくれた。
初めて尽くしの、幸せの日々だった。
おじいさんと、おばあさんに救われた私は魔女としての在り方を信じ、いつか私も誰かを救いたいと思った。辛い人を不幸から救いたい。不幸と思っていない人間に気づかせてあげ、手をとって、笑顔にしてあげたい。
でも不幸は自らやってきた。
ある夏の日、私は全部を失った。災害だった。
大雨の影響による土砂崩れで、山のふもとにあった家はつぶれ、おじいさんとおばあさんは埋もれた。
高校に行っていた私だけが助かった。
おじいさんと、おばあさんとまた会うことはなかった。
絶望した私に向かって、誰かがこう言った。
「厄病神」
誰かはわからない。私に向かってじゃなかったかもしれない。自分の心の中の独り言かもしれない。
でも、それは私のための言葉だった。厄。厄。厄。
不幸に愛された私のための蔑称。
また一人になった。
暗く落ち込んだ私から、友達は「不幸が移る」といった噂を信じ、離れていった。昔のことを誰かが知って言いふらしたのかもしれない。でもどうでも良かった。
お金はあり、一人で高校を卒業することはできた。
けど、大学生にはならず、専門に行った。
手に職を付けることを考えたのだ。見習い中で、最後まで学んでいない魔女にはなれるはずもなかった。魔女では生活していけない。
ただ生きることだけを考えた。
都内で、何とか仕事に就いた。
けど、待遇はあまりにひどかった。
無茶すぎるプロジェクト。飛び交う暴言、暴力。毎月抜ける人。残業代はもちろんでなかった。
最悪の環境になれた私でも「ひどい場所だ」と思うほどだった。
でも、ひとつだけ救いがあった。
「弥生、お疲れ」
3つ上の女性の先輩。
先輩は、私の仕事の相談に乗ってくれ、いつもランチに誘ってくれ、私に恋のアドバイスをしてくれた。休みがほとんどない職なのに、たまの休みに買い物に連れていかれ、着せ替えさせられた。初めて映画館のポップコーンの味を知った。
疲れた、と思った時には缶コーヒーを持ってきて「ちょっと休もうか」と声をかけてくれた。
こんな場所に似つかわしくない、できた人。一緒に働いた3年間は辛いことも多かったけど、その分嬉しいことがたくさんあった。
先輩と一緒だから、生きることができた。
そんな優しくて、私を救う、大好きな先輩が、
死んだ。
自殺だった。
そんな素振りは一切なかった。私は信じられなかった。
借金を背負っていた。社長の愛人だった。お金を持ち逃げした。など、皆は勝手に噂し、死んだ人間を馬鹿にした。
初めて人を殴った。
相手から流れた血を見て、私は心が躍った。
後悔は一切なかった。会社はその日のうちに首になった。
ブラックな会社にいたおかげで、プログラミングの技術はあり、すぐに次の仕事は見つかった。
でも先輩のいない仕事場は、何も価値がなかった。
先輩は、もうどこにもいない。
ある日、災害が起きた。
大規模ではないが、人が死んだ。泣いている人がいた。ニュースキャスターは悲痛な表情で告げた。
それを見て、私は感情が湧いた。
思い出した。
最悪の環境。最低の状況。厄病神。
他人の不幸。
私を安心させる災い。笑顔になれる魔法。
「もっと安心したい、笑いたい」
魔力が湧いた。
おばあさんから全部を教わったわけではないので、自己流で何度も試行錯誤しながら魔法を掴んでいった。魔法も構文、記号の一種だ。プログラミングが得意な私は、コツをつかむと一気にその才能を開花させた。魔力はいくらでも湧いてきた。
最初にやったのは、物の破壊だった。
ゴミ箱の破壊。車の破壊。誰もいない家の破壊。
壊した瞬間、気分が高揚し、感情が沸き上がり、魔力は増した。
徐々にエスカレートした。仕事で気に入らないこと、辛いことがある度に物をどんどん壊していった。
破壊するたびに、私の魔女としての力は強まっていった。
「すべて消してしまおう」
そう思ったのは、リアルな戦争映像を見た時だった。
攻撃を受けた地域はまっさらになっていた。
いたはずの人、モノ、文化。全てが無くなった。
まるで『災害』。
私はその光景を見て、「綺麗」と涙を流した。
悪が、罪が、災いが私の心を震わす。
私は悟ったのだ。
何でこんなひどいことばかり起こるんだと境遇を恨んだ。
家にいても、学校にいても、私を責め立てる。
透明になるしか、私は生きていけない。
解放され、愛を知り、幸せになったと思ったら、すべてが破壊された。
立ち直り、尊敬する人、好きな人もできた。その人のために私も頑張ろうと思った。
その人は死んだ。
私は、また失った。
災いばかりが私に起こる。どうして私だけが不幸なんだ。世界を恨んだ。
違った。
違う。
私が、全部、起こして、いたんだ。
不幸がやってきたのではない。私が不幸を起こしていたのだ。
厄病神。
その名の通りだ。私がいるだけで災いが起こる。
そう、私は災いを起こす女。
『災厄の魔女』。
戦争、事件、災害。災いの中でしか、生きられない女。
不幸が私を安心させる。
その事実を知り、私はやっと私らしく生きることができた。
停電を起こし、逃げまとう人々を見た時、気分が高揚した。
広範囲に仕掛けたのは、これが初めてだった。
もっと、もっとだ。
そうだ、敵も必要だ。弱い敵じゃ駄目だ。皆を絶望に貶めるには、希望が打ち砕かれる必要がある。
輝きがあるから、闇が一層引き立つ。
私は災厄の魔女。災いを起こすものだ。
× × ×
「はー、笑い疲れた」
空を落ちながら、懐かしいことを思い出してしまった。
もうすぐ地面に直撃し、私の身体は粉々になる。
その痛みは、苦痛は、不幸はどれだけ私に潤いを与えてくれるだろう。
「最悪で、最高だ」
ぶつかる。
そう歓喜した瞬間、柔らかなものに包まれた。
「は?」
「間に合った!」
忌々しい、空間の魔術師の声が聞こえた。
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