第6片 災厄の魔女③
飛行戦。
空の上で箒にまたがり、必死に敵の魔女を追いかける。
「待ちなさい!」
「待てと言われて待つ馬鹿が何処にいる!」
早い。
さっきの火の魔法の威力もすさまじいものだったが、飛行も得意みたいだ。
けど『ツグ』よりは早くない。中学生の『ツグ』の方が断然早かった。そして、今の私は当時の彼女より断然早い。
距離が迫る。あと少し。追いつける。当然追いつける!
そう油断した時だった。
魔女が振り返り、手を私に向け、大声で唱えた。
「サンダぁぁぁボルトぉ!!」
手から、急に雷が発生し、私に向かってまっすぐ飛んでくる。
凄まじい轟音と、光の圧。
考えるより先に体が動いた。
「っつ」
急降下し、すんでのところで直撃を免れる。
箒が少しだけ焼け、チリチリと音を立てるがダメージは少ない。平気だ、飛べる。
けど、今のはまずかった。瞬時に防御魔法を唱えても防ぎきれなかっただろう。とっさに避けたのが正解だった。
圧倒的威力と、とてつもない速度。
直撃したらただでは済まなかった。
「ちい、今のは決まったと思ったんだぜ」
飛行スピードだけなら勝つ自信はあるが、瞬時に攻撃魔法が飛んでくるのは厄介だ。そしてこの威力。
恐ろしい。これが『災厄の魔女』。
一筋縄ではいかない。
「威力特化じゃ当たらないか」
「何でも避けてやるわ」
機動力は私の方が上だ。
それに攻撃では負けるかもしれないが、口では負けない。魔力は感情の力。気持ちで負けたらそこで終わりだ。
「じゃあ、今度は避けれないのをお見舞いすんだぜ?」
敵の言葉に身構える。
今度は何をしてくる?
考えろ。火、雷。威力の高い魔法ばかり使用してくる。違う、今は相手の攻撃ではなく、こちらの対応策。防御か、攻撃で相殺させるか。
ここは攻撃に打って出る!
しかし反撃の魔法を唱える前に、奴の攻撃はやってきた。
「ヘイル」
詠唱なく、魔法を生む。早い、考えている暇などない。
唱えた彼女のまわりに10メートルほどの灰色の雲が出現した。
「くらえ」
魔女の合図で雲から雹、いや氷の刃とでも言った方が良いか、当たったら切れ味抜群の凶器が飛んでくる。
「くっ」
範囲が広すぎる。10m範囲そのままなら良かったが、四方八方に拡散して飛んできた。
とても避けられない。今から範囲外に飛ぶのは間に合わない。なら、刃の間と間をすり抜けて、かわし続ける。はたしてそんなことができるのか?それならダメージを少しでも軽減するためにバリアを張って、いやもう間に合わない。
氷の刃が迫る。
恐怖。私は、負ける。
諦めかけた時、何度も聞いた声が届いた。
「莉乃!」
つぐみの声。
その声とともに、光が飛んできた。
それは、
「ク、クレヨン?」
光の軌跡を帯びたクレヨンが、氷の刃を的確に迎撃する。
何だこの芸当は? この光景は何なんだ?
クレヨンがミサイルのように、しかも追尾機能ありで敵の攻撃を止める。クレヨンは全く折れずに勢いを止めず、何度も何度も氷を粉砕する。
線が重なる。真っ黒なキャンパスに色が引かれる。
「綺麗……」
思わず感想をもらしてしまう。
空に色とりどりの線が引かれ、砕け散った氷に反射し、光が飛び交う。
現実ではありえない、幻想的な光景。
ともかく、難を逃れた。救われた。また借りができてしまった。
「助かった、ありがとう!」
彼女の姿を確認しないまま、地上に向かって声をあげる。飛べない魔女が助けてくれた。私を援護してくれる。何と心強いことか。
「ちい、こざかしい」
さらに下から色鉛筆が飛んできて、逃げる災厄の魔女を追う。
味方ながらに、厄介な魔法だ。急転回したり、急降下したりするもつぐみの攻撃は追ってくる。あれを逃げ切る自信はない。
「ぐうううう、最悪だ。ちまちまと攻撃してきやがって!」
そう悪態つきながらも、災厄の魔女の服はボロボロで、箒も傷ついてる。かなりのダメージだ。
いける。私たちは勝てる。
魔女に事実を突きつける。
「災厄の魔女! さっさと降参しなさい。何も殺したりはしないわ」
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい」
子供のように駄々をこねる。何だこの女は?
近づくと顔が見えた。私より年上だとわかる。20代半ば? 痩せた、くたびれた顔。でも表情には怒りが満ち溢れ、こっちを鋭い目で睨む。
少女じゃない魔女だが、強烈な感情を持ち、闇を抱えている。天才の『ツグ』とは性質が違う。こんな厄介な魔女に出会ったのは初めてだ。
けど、それも終わり。
「諦めなさい」
「諦めない。消えろ。消えろ。全部消えろ。邪魔者は全部消えろ」
説得できる様子じゃない。手荒い真似をしてでも止めなくちゃ。魔法で縄を出し、拘束するか、そう思った時。
『災厄の魔女』が手をかざした。
「全部潰れてしまええ」
爆発する強大な魔力に鳥肌が立つ。
まだこんな魔力が?焦る。
まずい。頭の中でアラートが鳴り響くが、どうしたらいいかわからない。
これを止める?
どうやって? 止められる?
できるわけない。私にはできない。
女が魔法を唱えた。
「グラヴィ、」
「一致した」
言い終わる前に声が重なった。
声の方向を見る。箒にのった魔女2人が近づいてきた。
「つぐみ、日芽香!」
私の味方二人だ。
箒に二人乗り。日芽香に後ろからしがみつき、つぐみも空にやってきた。
つぐみが敵に向かって広げていた手を握りつぶす。
「光となれ」
「な」
声を上げ、災厄の魔女が驚く。
放とうとした真っ黒な魔法が、急激に色を変え、空に広がる。
「なんなんだ、これは」
「なんなの、これ?」
味方のはずの私も驚いてしまう。
緑色の光のカーテン。
空に緑色を中心とした、赤、紫のグラデーションのカーテンが浮かんで、揺らめている。
それは天体の極域近辺に見られる大気の発光現象で、太陽風のプラズマと大気が起こす、地球の天体ショーともいわれるもの。
極光。
またの名を、
「オーロラ」
「オーロラ、だと?」
「私も実際に見たことはないけど、写真や映像としてなら知っているでしょ?」
条件が揃えば、北海道で見られることもあるかもしれないが、日本ではまず見られない光景。それもこんな間近に見られるなど、ありえない。
つぐみの起こした、アートショー。
本当、ありえないことだらけの魔女だ。
「ふざけるな!」
災厄の魔女が激昂する。
「私の魔力を、想いをこんなことに使いやがって。ふざけるな。舐めている。こんなことありえない。私がこんな奴に負けるのはありえない!」
「舐めているのはあんたよ」
背後から魔女に手をかざす。
敵がオーロラに気をとられている間に、魔女を捉えた。つぐみの目立ちすぎな魔法のおかげだ。
「くそ」
「こんな近くじゃ、魔法も撃てないでしょ」
箒を掴み、もう私から逃げることはできない。
無防備な『災厄の魔女』に向け、手をかざす。今度こそ完全に捕縛する。
「拘束しろ、縛れ、結べ」
私の手から光の紐が出る。魔女を縛るための魔法だ。
しかし、災厄の魔女は予期せぬ行動に出た。
「ちっ」
「なっ、あんた」
魔女が箒を捨てた。
魔法を避けるために、飛ぶ道具を潔く捨てた。
当然箒が無ければ飛べない。魔女は空から落ちていく。
「ふざけないで!」
箒を急ぎ動かし、敵の手を掴む。
そのまま落ちるのを何とか防いだ。
「死ぬ気なの!?」
「うるさい、黙れ」
手を離さないように懸命に力を込めるも、災厄の魔女は暴れ続ける。箒の自由が利かず、私も蛇行しながら落ちていく。不安定な飛行。
このままじゃ危ない。私も空から落ちる。
「せ、せめて、お前だけでも道連れに」
「や、やらせるか」
ちらっと日芽香を探すも、距離は遠い。つぐみを抱えて飛んでいるのだ。あまり速度は出せない。ここは私が何とかするしかない。
そう決意して、魔女を見ると、不気味に笑った。
私が掴んでいない方の手が私に向いている。
マズイ。
「ヘイル」
雲ができる。さっきほどの広範囲ではないが、この距離なら確実に当たる。
「落ちろ」
掴んだままじゃ、魔法も上手に使えない。
氷の刃が飛んでくる。
「ぐはっ」
必死に避けようとしたが、左肩に刃が突き刺さった。
痛い。声を上げて、泣きたい。でも致命傷ではない。何とか意識は保っている。
けど、吹き飛ばすには十分だった。攻撃を受け、災厄の魔女から手を離してしまった。
そして、乗っていた箒も今の攻撃で何処かに飛んでいった。
箒がなければ、飛べない。
重力に従い、空から落ちていく。
魔法で手元に箒を戻すこともできない。魔力を使いすぎた。それに箒までの距離は遠い。届かない。
災厄の魔女を睨む。
彼女は満足したのか、自身も落ちているというのに笑っていた。
不気味な、卑しい笑顔。
その表情で私は思い知る。
敵を倒すことはできたが、私は負けたのだ。
体が地面へと向かっていく。
「莉乃!」
叫ぶ彼女の声が聞こえた。
でも遠い。
下が見えてきた。
良かった、地面ではなく、落ちる先は川だ。
そこに観客はいなく、落下に誰も巻き込まない。
この速度じゃ落ちたら助からないだろう。川、下にあるのが水だとしても、衝撃を抑えきれず、体が負ける。
私は死ぬのか。実感がない。
不思議と慌てる気持ちもなく、落ち着いている。
走馬灯のように浮かぶのは、彼女の顔。
『つぐみ』の笑顔。
「……浮かぶのはこっちか」
そう微笑んで、目を閉じた。
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