第6片 災厄の魔女②
空から火の球が振ってくる。
「まじか」
『災厄の魔女』は躊躇なく攻撃してきた。
被害などお構いなし。
人々に花火を楽しませる時間も無しに、希望を絶望へと変える。
向かってくる火に気づき、人々が逃げまとい、悲痛な声が響く。
「は、花火が」、「きゃー」、「助けて」、「何なんだこれは」、「ママー、パパー」、「無理だ、終わりだ」、「誰でもいい、助けて!」、「わああああああ」
彼女の名の通り『災厄』。
前の時は停電程度で済んだが、今回は完全に被害を出すつもり、殺す気で来ている。
「つぐみ!」
「つぐみさん」
名を呼ばれ、答える。
「わかっている。あと少し」
恐怖。絶望。緊張。後悔。諦め。
人々から生まれる莫大な感情を魔力に転換し、利用させてもらう。
「一致した」
迫る火を、害のないものへと変える。
時間はない。思いついたものをイメージした。
「蛍火」
そう唱えると、魔法は発動した。
迫る火は人々に降り注ぐことなく、黄緑色の光へ変わる。
それはまるで蛍が舞うかのような光景。
突然の幻想的な光に、騒いでいた人々は言葉を失う。皆、口をぽかーんと開け、戸惑っている。わけがわからないだろう。火が降りかかると思ったら、まわりに蛍のような光が現れた。魔法を信じない人にとって、信じられない、ありえない光景だ。
けど、それでいい。動きを止められたなら十分に役立った。
人々を守った。こっちの番だ。
「莉乃」
「任せて!」
すでにヘアピンを抜き、箒にしていた莉乃が自信満々に答える。
地面を思いっきり蹴り、空に勢いよく飛び出した。
「ちっ」
攻撃が防がれたことに舌打ちをする魔女。莉乃の接近に気づき、慌てて逃げる。
「逃がさない!」
けど、莉乃は速い。屋上へ私を連れていった時とは速度が違う。
それは感情が乗っているから。
人々を恐怖に陥れ、危害を与えようとした。悪。許せない害悪。そんなこと、『正義の魔女』が許すはずがない。
空の上で、懸命に災厄の魔女を追う。
その間にこっちはこっちの役割を果たす。
火の球を蛍の光に変え、人々の混乱を抑えたものの、それも一瞬だ。戸惑いや恐怖がまた生まれ、再び騒ぎは大きくなっていく。
近くにいる女の子に声をかける。
「日芽香ちゃん」
「はい」
短く答え、彼女がおでこの髪を上げる。
彼女の頭に手をあて、転換した魔力を注ぐ。
「人に魔力を与えるなんて、いったいどんな技術なんですか、これ」
「話はいいから。足りる?」
「十分すぎるほどあります!」
魔力の供給を終え、日芽香ちゃんから距離をとる。
「任したよ」
「お任せあれ」
彼女が手を掲げ、微笑んだ。
「皆を笑顔に!」
不思議な柔らかな白い光を発生させる。その光にあてられた周りの人々が続々と、でもゆっくりと地面に倒れていく。眠りについたのだ。
集団催眠。
文字にするとおっかない。彼女の得意魔法は『夢への介入』だが、前提として人を眠らせる必要がある。夜を待つのは億劫なので、手っ取り早く夢へ介入するために睡眠魔法も覚え、使用していたとのことだ。ただこんなに大人数に使ったのは初めてで不安がっていたが、うまくいった。それも人々の感情を、膨大な魔力を利用したからできたことだ。
やがて騒ぐ人はいなくなり、観客全員が眠りについた。
さっきまでの騒がしさが嘘のように静かになる。
「……これ、大丈夫かな?」
地面に人々が転がり、眠っている。これはこれで酷い光景だ。傍から見たら大事件だ。まずい絵面。
「皆に笑顔の夢を見せてあげたいです!」
そういうことではないけど!
「睡眠の他にもしかして何か夢見させているの?」
「軽めに夢を見せています。私が潜り込まなくて良いほどの簡単な夢。本当は夢に介入して、各々の望む夢を見せてあげたいんですけど、今日は我慢です。皆、夢の中で空を見上げ、花火を見ているはずです」
「それはよかった」
上出来だ。人々は何も知らず、花火の夢を穏やかに見ている。……無邪気な顔して、敵にしたら1番恐ろしいのはこの子ではないだろうか。まぁ一度戦ったわけですが。
「莉乃さん、大丈夫でしょうか。私も今すぐ飛んで加勢した方が」
「大丈夫。莉乃は強いよ」
それに飛べなくたって、援護はできる。
リュックから道具を取り出す。
36色の色鉛筆に、64色のクレヨンに、パレットナイフ50本に、ペイントブラシ40本を地面に並べる。
「色鉛筆に、クレヨンって……。絵でも描かないですよね?」
「描くよ」
「えー……」
露骨に嫌そうな顔をしないでほしい。
これが私の勝負道具で、今は戦闘道具だ。
「空はキャンパス。無限大!」
私は飛べない。箒に乗って自由に空と遊ぶことはできない。
でも、飛ばすことはできる。
何処にだって絵を描くことはできる。
地面からクレヨンケースを手に取る。
そして、
「いくよ!」
空に向かってクレヨンケースを投げた。
クレヨンは箱から解放され、宙を舞う。
「空を彩ろう!」
クレヨンがキラキラと光を帯び、空中にとどまった。
「え、何ですか、それ」
隣の日芽香ちゃんの反応が面白い。
指揮棒を振るかのように、指を上に振る。
その流れに呼応して、輝きを手にしたクレヨンはミサイルのように勢いよく空へ飛び出した。クレヨンの通った場所には、色のついた軌跡が残る。
「凄い、綺麗」
「感想、ありがとう」
真っ黒な空を彩る光の軌跡。
これが私のアート、空間の魔術だ。
「さぁ追うよ、災厄の魔女」
守ってばかりじゃない。反撃開始だ。
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