第1片 飛べない魔女②

 目が覚めると、水の中にいる感じがする。溺れているとも、深海魚の気持ちとも少し違う。

 息苦しいけど、浮上することができない。声を出しても何処にも届かない。光は遠く、足掻くも体が重い。

 そして、「まぁいいか」とその空間に妥協してしまう自分がいる。

 でも何処かの私が私を止めてくれる。

 「それじゃ駄目だ」と。

 その私は、私に魔法をかける。

 「今日は精いっぱい私になれますように」、と。



 2022年になったというのに、電車は20年近く進化していないし、リニアモーターカーも民間ではまだ使用されていない。

 だから、人は今も窓から目で追える景色を見ながら生活している。


「やっと着いたー」

 

 駅に着き、両手をあげ、背伸びをする。

 現地集合ということで、朝早くから電車に乗ること数時間。着いたのは田舎の駅だった。

 駅から出ると寂れた街が目に入る。

 営業している店はなく、当然コンビニもない。そもそも車もたまに通過する程度だ。

 そして、ここが目的地ではない。


「さらにバスに乗るのか」


 悪態をつくが、聞いてくれる人もいないので虚しい。

 今日は大学の授業の一環で、水族館に向かっていた。地方をアートで盛り上げようという企画だ。

 しかし、人がいない。駅前なのにタクシーも止まっていない。そして水族館の案内は何処にもない。

 水族館に行く前に結果はわかってしまった。

 負け戦だ。

 だからこそ有名な大学でもない学生の企画に乗ってくれたのかもしれない。藁にも縋る想い?もしくは自暴自棄になったのか。

 案内を見るとバスは1時間に1本。

 運が良いことにちょうどバスが来たので、待つことなく乗り込むことはできた。え、これに乗れなかったら何もない場所で1時間待たなきゃいけなかったの?

 あらかじめ下調べしとけよ、という話だが自分の幸運に感謝する。


「何にもねえ……」


 バスに乗っても不安は晴れなかった。窓から見える景色はどんどん田舎になり、お店どころか、耕された畑を見つけるのも困難だった。

 そして辿り着いたのが、『石浜水族館』。確かに海は近いが、海水浴するような浜辺もないし、漁師さんもいないような場所だった。


「帰りたい」


 そう言いながらもバスを降り、前へ進む。

 館内入口に着くと学生が数人と、すでに先生もいた。

 

「あぁ、古湊君来たんだ」


 来ちゃいけないのか?

 教授すらそんな始末。やる気勢じゃない私は来ないものと思われていたのだろう。うん、来ないのが正解だったのではないだろうか。

 先生が手を叩き、呼びかける。


「えーっと、もう来ないだろうね。じゃあ今日の企画の説明をしようか」

「うぇーい」


 声だけはパーリーピーポーな受け答えにしてみたが、周りの学生は白い目で見てきた。せめて気分だけでも明るくと思ったのだが、誰ものってくれない。最近の学生はノリが悪すぎじゃない?だから悟っているって言われるんだって。


「水族館の依頼で、お客を呼べるようなアートな企画をやってほしいとのことだ。宜しく」

「え、終わりっすか」

「うん、制約設けちゃ、君らの自由な発想が削がれてしまうだろ?」


 はいはい、指導拒否。とんだひどい教授がいたもんだ。SNSに悪口書かれても知らんぞ。


「今日ここに来た人は中間課題免除でいいから」


 前言撤回。なんて良い教授なんだ。出席するだけで課題免除とはすばらしい。ぜひ他の先生方も見習ってほしい。


「18時には終バスが出るから、それまで考えて、形だけはレポート書くこと。良いものは実際に採用するから。はい、開始ー」


 18時でバスが終わりって、何と健全な場所であろうか。本当に観光させる気がない

 学生たちがバラバラに歩き出し、授業は始まる。

 よし、私はどうサボろうか。

 そう考えていたら、後ろから声をかけられた。


「わ、古湊さんだ。お疲れ様ー」


 寂れた場所に合わない、白いワンピース姿の女の子。


「おはよう、ま、前島さん」


 さすがに昨日の今日では名前は忘れない。前島……紀子。わ、忘れたわけじゃないんだから。

 

「奇遇だね」

「奇遇ですね。こんなところで会えるなんて」


 同じ学年の学生だから、そんなに奇遇でもないのだが、前島さんは嬉しそうな顔をしている。

 良かった、良かった。


「じゃあ、私はどこかで昼寝してくるから」

「ちょっと待ってください、古湊さん」


 リュックを掴まれ、私が進むのを阻止する。

 恐る恐る振り返ると、笑顔の前島さんがいた、

 こ、怖い。笑顔なのに、逃げられないオーラを感じる。


「ど、どうかした?」

「一緒にまわりましょう、古湊さん?」

「いやどす」

「一緒にまわるんですよね、古湊さん」

「……はい」


 今日はバイトがあるからと逃げられなかった。

 この子、圧が強い!

 けど、私と回っても何も面白いことはないぞ。暇つぶし相手ですかねー。


「じゃあ、行きましょう古湊さん!」

「お、おう」


 仕方ないな、と彼女の後を追う。

 というわけで、水族館でのフィールドワークが開始されたのであった。

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